淫獣捜査 隷辱の魔罠

【52】 調教の生贄

 シオと呼ばれる女性は、なぜかジッと涼子さんを見下ろしてた。
 長い前髪の合間から見えるその瞳は、淡々としている彼女の雰囲気と相まって、俺にはそれが凄く冷たく感じられた。
 今は俺に寄り添うように立ち、共に目の前の光景を見下ろしているナナさんをチラリと横目で見る。

―― ただ……ちょっと気に入らないだけですわ ――

 先ほどのナナさんの言葉が思い出される。
 自分の欲望に忠実でどこか情熱的な感すらするナナさんとは対照的な存在。それが俺がシオさんに感じた第一印象だった。

(確かに……合わなさそうだ)

 先ほどの珍しくムキになったナナさんの姿を思い返し、俺はクスリと笑った。
 だが、いつのまにか俺の方を向いてジッと見つめているナナさんの視線に気が付き、すぐにドキリとする羽目になった。

「あ、え……っと、どうしたんです?」

 心の中まで覗かれそうな透き通った瞳で、黙ってジッと俺を見据えているナナさん。
 その表情からは何を考えているのかを読めず戸惑うのだが、そんな俺の様子にも彼女は気に留めず黙って視線を外すと再び正面へと目を向けた。
 その様子から、ナナさんがなにかを思案しているのだと、ようやく気が付いた。

「ナナさん、どうしたのですか?」
「あ、いえ……ちょっと、シオが出てきたのでしたら、少し予定を変えないといけないかもっと思いまして……」

 僅かに表情を曇らせたナナさんは、俺の方へに振り向きながら呟いた。
 何かを決心した様子で俺を見つめたかと思うと、急にニコリと口元に笑みを浮べる。そして、そっと俺に絡めていた手を離し正面に立った。

「ちょっと、着替えをしてきますわね。いつまでも、この格好のままというのもなんですから」

 そう言って下着姿の自らの姿を指し示すと、ちょっと小首を傾げながら上目遣いで俺を見上げた。
 そして、悪戯っ子のようないつもの表情を浮べると、不意に俺の唇に自らの唇を重ね合わせた。

「……んッ!?……う、うむ……」

 俺の歯の間を潜り抜け、差し込まれる柔らかなナナさんの舌先。それに俺は一瞬だけ驚かされたが、すぐにそれに自らの舌を絡ませ堪能しはじめる。

「……うふッ」

 それにナナさんは全身で喜びを表し反応してくれる。そんな反応に嬉しくなり俺がその口腔へと唾液を流し込むと、彼女は甘えた声を鼻先から漏らしながら、それを嬉しそうに飲み干していった。

「……もぅ、離れがたくなってしまいますわ」

 透明な糸を引きながら重ねていた唇を離すと、ナナさんは妖艶に笑った。その笑みは妖婦のようでありながら、はにかむ少女のようでもあり、とても不思議な印象を与える笑みだった。
 そして、その言葉通りに少し名残惜しそうに俺から離れつつも、背を向けるとカツカツと部屋の外へと歩き去っていった。

(……不思議なヒトだ……)

 スルスルっと心の壁の内側に入り込み、ナナさんは、いつのまにか俺にその存在を当たり前のように受け入れさせてしまっていた。そして、こうして傍を離れられてしまうと、その彼女のいた空間がとても寂しく感じられてしまう。

「ははッ、ルーキーの心も、すっかりナナにマーキングされちまったようだな」

 そんな俺の様子を横目で見ていたらしく、タギシさんが面白そうに笑っていた。

「マーキング……ですか?」
「あぁ、ナナは気に入ったヤツの心に入り込み、ネコのように居付いてしまうからな。まぁ、この場合、ネコと違ってナナがブラリとやって来るのじゃなく、居座られた方がついついナナを求めて足げに通う事になるんだが……ルーキーも、ナナ中毒にならないように気をつけろよ」

 そう語るとタギシさんは白い歯を見せて笑う。

「ありがとうございます。でも……もぅ、手遅れかもしれませんけどね」
 
 そんな彼に、俺は肩を竦めておどけてみせた。

(でも、確かに……偽りの身分じゃなかったら……すぐにでも、また来たくなってしまっているのだろうな)

 偽りの身分で涼子さんと共に、このクラブに潜入している俺。
 それは本来の俺ではなく、本当の自分の力だったら、ここに来ることすら叶わない。
 その現実を分かってはいるのだけど、甘美なこの状況が無性に名残惜しく、寂しく感じている俺が確かにいた。
 平凡な社会人でなく、ここにいる顧客たちのように金や地位があれば……そう、つい考えてしまう。

(危ない、危ない……馬鹿な事を考えてしまった)

 視界の隅に涼子さんの姿を捉えると、俺はその変な考えを振り払う。

(でも、彼女がいたから、ココに来ている訳でもあるんだけど……な)

 面白そうに俺の顔を覗き見ていたタギシさんに再び肩を竦めて苦笑いを浮べると、俺は涼子さんたちの方へと視線を戻した。



 ガッチリ拘束された状態で人工男根への奉仕をするのに悪戦苦闘している涼子さんをジッと見下ろしていたシオさんは、不意にその視線を外すとツカツカと横に並ぶ美里さんの方へと移動していった。
 そして、その美里さんの脇に跪くと彼女の耳元へと、なにやら囁き始めた。

「いったい……なにを……」
「どうやら、シオは俺の奴隷の方に決めたようだな」

 彼女の一連の行動の意味を知っているらしく、タギシさんは俺の方を見て気の毒そうな表情を浮べた。

「悪いな、ルーキー」
「な、なにがですか?」

 タギシさんの表情から、なにか嫌な予感を感じ、俺の中で不安が膨らむ。
 そんな俺の反応を横目にタギシさんはシオさんの方へ視線を向けると、ゆっくりと口を開いた。

「SMの調教は得てして飴と鞭の併用なんだが、シオの場合はそれに優越感を加えるんだよ」
「……それって、どういう……」

 タギシさんの言わんとすることを理解できず俺が戸惑っていると、彼はすぐにそれに気が付いて更なる説明を続けた。

「そうだな……以前に俺が見たシオによる調教なんだが……あの時は10人の奴隷の調教を任されてる時だった。アイツがまず最初にしたのは、その中から1人を選別する事だったんだよ」
「1人……を?」
「あぁ、その1人をその集団の最下層として扱い、徹底的に苛め抜くんだ。それも他の奴隷が震え上がるぐらいにな。それによって、他の奴隷は無傷のままでシオの鞭の威力を知ると共に、自分の状況がその最下層の1人よりもマシだと思えることで、大して美味しくも無い飴を上手そうに食べるようになるって寸法だ」

 集団調教向けな手法だけどなっと一言付け加えると、タギシさんは俺をジッと見つめた。

「……そんな……」
「しかも、集団の中に落ちこぼれを故意に作ることで、無意識のうちに選民意識を作り、集団の上でランク付けさせる事を刻み込んでいく訳だ。まぁ、最初に選ばれた1人は災難だけどな」
「それって……まさか、この2人の状態でも!?」

 ハッとして、シオさんへと目を向けると、彼女は美里さんに囁いては細かく奉仕の仕方を教え込んでいるように見えた。

「あの様子からすると、俺の奴隷の方を後押しして、ルーキーの奴隷を潰すつもりなんじゃねぇかなぁ。それと……多分だが、先にココで洗浄を受けた奴隷達にも、この様子を見せていると思うぜ。そもそも……」
「じょ、冗談じゃないッ!!」

 そのタギシさんの言葉を最後まで聞く前に俺は歩き出し、支配人の元へと駆け寄っていた。

「どういう事です! 俺の……俺の奴隷を潰すつもりですか!!」

 掴み掛からんばかりの俺の様子に、黒服の1人が支配人の前に立ち塞がる。だが、怒りで頭に血の昇った俺は、無謀にもそいつを殴り倒して、その後ろの支配人の胸倉を掴もうと一歩踏み出す。

「これ、退かぬかッ!!」

 俺の行動に反応しようとしていた黒服なのだが、支配人の一喝で弾かれた様にすぐさま横へ退き、代わりに支配人の鋭い眼光が俺を射抜いた。

「……うっ」
「失礼しました。ですが、私めには貴方様の奴隷を潰すつもりなど、微塵もありませんわ」

 鋭い眼光に思わず俺の動きが止まったのを確認すると、支配人は一転して好々爺のような笑みを浮べた。

「それじゃぁ……」
「ちゃんとルールに乗っ取って進めるつもりです。とはいえ、1人は初物。貴方様の調教を受けている奴隷と競うには、あまりにも差がありすぎる。ですので、ハンデとしてちょっとした手助けをと思いましてな。それとも、貴方様の奴隷は、それで簡単に潰れてしまう程度の牝なのですかな?」
「そ、それは……」

 返答の言葉に困る俺に、支配人はニヤリと笑う。
 つい、タギシさんの説明を聞いて咄嗟に怒鳴りこんでしまったのだが、支配人の言葉にも一理あるように感じられてしまう。でも、だからと言ってこのままでは、普通の女性である涼子さんが孤立無援で窮地に追い込まれるのは目に見えていた。

「そもそも、特権の代わりに我々の奴隷調教には口を挟まない……そういう約束でしたな?」
「くッ……」

 車中での同意まで持ち出されてしまうと、もはや俺にはどうする事も出来なくなってしまった。
 完全に黙り込んでしまった俺に、支配人は冷ややかに視線を向ける。
 それに対して、今の俺には拳を痛いほど握り締め、ギリッと奥歯を食いしばり、ただ睨み返す事しか出来なかった。

「……ですが、プラチナナンバーが相手に付くとあれば、ハンデとしては少々大きすぎる……そう私も思いますわ」

 その時、不意にスピーカーから、ナナさんの声が会話に割り込んできた。
 ハッとして厚いガラスの向こうへと目を向けると、そこにはピッタリと身体にフィットした黒いボディスーツを着込んだナナさんが涼子さんの脇に立っていた。
 彼女の魅力的な肢体にピッタリと張り付く光沢のある黒いスーツ。ピアスの付けられた乳首、股間の肉の割れ目すらもクッキリと浮き出させるほどで、その上からコルセットが細い腰を更に絞込み、首輪から伸びたハーネスが乳房を根元から絞り上げている。
 そして、細く長い手足にはそれぞれ枷が嵌められ、細い首にカッチリと嵌められた首輪には”No.7”と彫られたプラチナのプレートが、照明の光を浴びて輝いていた。

「こちらの雌には私が付いて躾ける……というのでは如何でしょう?」

 俺と視線を交わしてニッコリと微笑んだナナさんはそう言うと、シオさんへと視線を向けて不敵に笑うのだった。





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