淫獣捜査 隷辱の魔罠

【65】 疑念

 背を向けて歩きだしたイクさんから目を離すと、俺は肩に入っていた力を抜いた。

「ふぅ……サンキュウな、助かったよ」

 気持ちを切り替えて、目の前にきた玲央奈のブロンド髪を優しく撫でる。だが、つい気を緩めすぎたらしい。口調が普段の砕けたものに戻ってしまっていた。
 それに驚きの表情を浮かべた玲央奈だったが、すぐに嬉しそうな表情へと変わる。
 目を細めて気持ち良さそうに撫でられる姿は、まるで子犬のようで、ついこちらも和んでしまう。

(妹がいたらこうな感じなのかな……)

 兄貴はいたが、自分より優れた存在は、周囲から比較されるたびに俺を卑屈にさせた。
 幼馴染であった涼子さんも幼い頃から世話を焼いてもらっていたから姉に近い存在だった。お陰で、いまだに頭が上がらず、無意識に頼ってしまっているところがあった。
 だが、歳の離れた玲央奈に対しては、ふたりと違って守ってやらねばと強く思うようになっていた。

(まぁ、妹を相手にして、あんなことをしたら犯罪だけどな……)

 先程までの密室での行為を思いだして、内心で苦笑いを浮かべる。

(ならば、これが奴隷をもつ主人の心持ちなのだろうか……)

 どちらにせよ、この淫獣たちの巣穴から抜け出すまでの偽りの主従関係だが、奴隷となった玲央奈の存在が俺の移ろいやすい心を落ち着かせてくれていた。
 胃までは玲央奈のことを憧れのアイドルとしてではなく、ひとりの少女として受け止められるようになっていた。

「さぁ、行こうか」

 玲央奈を連れ添って、再びイクさんの後をついていく。すると、その先には両開きの豪華な扉が見えてきた。
 その両脇には黒服の男たちが控えていた。恭しく頭を下げる彼らによって扉が開けられていく。迎え入れられたその先には今までと同様なレッドカーペットがひかれた通路が続いていた。
 見た目に違いがあるとしたら、その先に人の姿がないことだろう。だが、その通路へと一歩足を踏み入れた途端、空気が変わったのが感じられた。

(あぁ、この俺でもわかる、全てにおいてグレードが上がっている)

 背後で扉が閉じられると、それはより強くなった。静寂とともに荘厳な雰囲気がのし掛かってくるのだ。
 絨毯の踏み心地ひとつとっても、先ほどまでとは違う。同じく靴底まで埋もれるのだが、ふんわりと衝撃を受け止める感触は、雲の上を歩いているかのように柔らかだ。
 通路に飾られた美術品も同様だ。直に触れる状態で置かれた品々が本物だと素人の俺でもわかるオーラを放っていた。
 その中には俺でも知っている有名な絵画が混ざっているのだが、それだけでも数億の価値はあるだろう。

(ここに見える品だけでも、どれだけの金額になるのやら……)

 いい加減、金銭感覚が麻痺しすぎて今までの普通の生活に戻れるか心配になってくる。
 もちろん、それはここから無事に戻れたらの話なのだが、その時の俺は自分でも驚くほど腹が据わっていた。
 だからだろう、それまでわずかに感じていた違和感を考えるだけの余裕もできていた。

(あぁ、そうか……この施設は金が掛かりすぎているんだ)

 仮に紫堂の組織が莫大な利益をあげている組織だとしても、一介の犯罪組織が造れる規模の施設ではないのだ。
 どうみても専用に用意された建造物であり、搬入用のエレベーターなどに紫堂のリクエストが反映されていることからも一から設計されている可能性が高い。
 金銭面を抜きにしても、このクラスの施設を造るには、重機を使った大掛かりな工事は避けられないはずで、どうやっても秘密裏に建設することは不可能だ。
 仮にそれをクリアできたとしても、莫大に消費する電力などのライフラインの問題もある。配給会社が急激に増えた消費量に気付かないはずがない。
 大麻の栽培で部屋を暖めるエアコンの電気消費量で不審がられて検挙される世の中だ。警察なり公安が目をつけて調査するのが自然だ。

(つまり、それらをクリアできる存在が、紫堂とは別にいるということなのか?)

 そもそも、そんなリスクを犯してまで悪の秘密基地みたいな地下施設を、犯罪組織が造るメリットが無かった。
 街中にすでにあるビルを改修するなり、工場地区の倉庫でも使った方が安上がりだろう。警察の捜査が及べば引き払えば証拠隠滅も容易なはずだ。
 それでもゴルフ場を使いたいのなら、地上にペントハウスでも建てれば事足りるのだ。

(なにを考えたら、こんな施設を造ろうと思うんだ?)

 どう考えても理解できず、イタズラに見えない相手の影だけが大きくなっていく。

(あぁ、やめだッ、これ以上、考えたって答えは出ないし、俺にはどうしようもできない)

 俺のするべきことは紫堂の存在を確認することだ。それも今となっては表面的で、涼子さんと玲央奈を無事に脱出させることが最優先事項なのだ。

(施設のことは、捜査を指揮している駿河さんに任せればいいさ)

 俺の持つ発信器を使えば、すぐにでもこのゴルフ場を包囲してくれるだろう。
 それで紫堂たちを取り逃がしたとしても、こんな大規模な施設だ。全ての情報を闇に葬ることは不可能だ。
 関係者を洗うなり、建設工事の記録を調べるなりすれば有益な情報を得られるはずで、関係者を検挙できれば紫堂の組織に小さくないダメージを与えられるだろう。

(できることなら涼子さんがこだわる親友の冬月 蛍さんの身柄も確保したいところだけど、彼女に関しては情報が無さすぎる)

 涼子さんには悪いが、接点のない彼女への優先順位は低かった。
 それどころか、彼女さえ絡んでいなければ涼子さんもここまで無茶はしなかった、そんな八つ当たりに近い感情すら抱いてしまう。
 それが悪いことだとはわかってはいるが、俺には自分と周囲の人を守るだけで精一杯だった。それ以外を切り捨てられるドライな一面を自分でも自覚していた。

(俺はエゴイストなのかもしれないな……)

 涼子さんにバレれば、説教を受けるだけでは済まないだろう。それを恐れているからこそ、言い訳ができるギリギリまで発信器を押せずにいた。
 そんなことを考えているうちに、通路は左に緩やかに曲がりはじめた。左手の壁には広い間隔で両開きの扉が配置されていて、その前でイクさんが立ち止まった。

「さぁ、こちらでタギシ様がお待ちです」

 そう告げられた俺の前で、扉がゆっくりと開かれていった。



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