淫獣捜査 隷辱の魔罠
【68】 心変わり
目の前に広がる円形ホールは、天井まで二十メートル近くはあるだろうか。
天井は中心に向かって弧を描くドーム状になっているのだが、そこに動く影があるのに気がつく。
(あれは……)
ステンドグラスのように複雑な文様が描かれているのかと思ったが、実際には強化アクリル越しにみえるのは水だった。
投射された光が揺らめく水を透過して、そう見せていたのだ。
それに彩りを添えるのが、エントランスホールでも見かけた人魚たちだ。
特殊な拘束具によって人魚とされた美女たちが、光が降りそそぐ水の中を優雅に泳いでいる光景は、あまりに幻想的で思わず言葉を失ってしまう。
その間にもホールを囲む残りの壁もせり上がり、俺たちがいるのと同様のVIPルームでくつろぐ会員たちが姿を現していく。
(いままでの連中とは、なにかが違うな……)
仮面で素性を隠しているのは今までの会員たちと同じだ。
だが、牝奴隷と化した美女たちの奉仕を受けながら、それに溺れることなく欲望を支配しているのが違う。
(ひとりひとりに風格のようなものを感じる……これが本当の上流階級の人間ってやつなのか)
まるでオペラの開演前のような静かな熱気がホールに満ちていくの感じながら、俺は視線を正面へと戻す。
無数の視線が集まるホールの中央には、ふたりの美女の姿があった。
照明に照らされて光沢を放つ赤と黒のボディースーツ、それに身に包み悠然と並び立つのはナナさんとシオさんだ。
美女ばかりのこの施設においても、改めてふたりは抜きでていると感じた。その見事なボディラインは芸術的ですらあり、他の会員たちも感嘆の声を洩らしていた。
(でも、そう感じるのは容姿だけじゃない)
その存在感がまるで違うのだ。ちょっとした仕草にもつい目を離せなくなる。
ナナさんは知的な顔立ちとシャギーの入れた髪型でスーツ姿では有能な社長秘書といった佇まいがよく似合っていた。
だが、真赤のボディスーツ姿となった今では、全身から妖艶な雰囲気を漂わせて、それに呑み込まれそうになる。
小悪魔的に微笑まれると胸の高鳴りを感じてしまうのだが、それは俺だけの話ではないようだった。
(すごいなぁ、海千山千であろうVIP会員たちが、ナナさんの笑みだけで骨抜きにされていくよ)
貴重なプラチナの奴隷だからというわけではないのだろう。
対する漆黒のボディスーツに身を包むシオさんは、口元を覆うガスマスクのせいもあって、義務的に淡々と応対しているように見えてしまうから、余計に隣にいるナナさんの笑みが輝いてみえる。
(それでも、周囲の反応からシオさんの人気がないってわけではなさそうだな)
長い前髪から垣間見える研ぎ澄まされた刃のような眼差しを向けられると、どうしてか視線を離せなくなる。
絶対的支配者という言葉が脳裏に浮かび、彼女に心身を委ねて支配されることに誘惑されそうになるのだ。
会員たちの中には、彼女の視線を受けて恍惚とした表情を浮かべる方々もいるのだった。
そんな彼女らの背後には四人の半裸の男たちが控えていた。
どの男も長身で鍛えぬかれた肉体の持ち主だ。ヘラクレスのごとき鋼の肉体に黒の革のパンツ、鋲が並ぶベルトが巻きつく姿はコロッセオで戦う拳闘士を連想させる。
肌の色から様々な人種なのがうかがえるが、エジプトのアヌビスのように頭部がドーベルマンのような被り物をしているために確かめる術はなさそうだ。
(他に警備らしき人員は見えないが……あれの一人でも相手するのは俺には無理だな)
ナナさんの太ももよりも太い二の腕だ。まるでハンマーで殴られるような凄い衝撃なのが容易に想像できる。
見事なシックスパックにわかれた腹筋といい、銃でもなければ絶対に相手をしようと思わない。
正直に言えば、涼子さんと玲央奈を無事に連れだせるなら、このまま何事もなく終わって欲しいと期待しはじめていた。
(だが、無理だろうな……)
これまでの人生で期待通りいったことがない俺だ、そうならないという確信めいたものを感じてしまっていた。
「おッ、支配人の爺さんもご登場だぜ」
隣にいるタギシさんの言葉どおり、床がせりあがり、ふたりの間に初老の紳士が姿を現した。
支配人と呼ばれる男の猛禽類のような鋭い眼光に、対峙したことのある俺は緊張感が嫌でも高まってしまう。
「……御主人さま」
それを機微に感じ取ったのだろう。手のひらが汗ばみはじめた俺に、玲央奈がそっと寄り添ってくれる。
鼻腔をくすぐる甘い香りと腕に押しつけられた柔らかな胸の膨らみが俺の心を奮い立たせてくれた。
(あぁ、そうだな。俺がすることに変わりはないよな)
大きく深呼吸をすると、ジッと見上げている蒼い瞳へと大丈夫だと微笑んでみせる。
玲央奈の腕の拘束を外して腰に手をまわして抱き寄せると、少女は嬉しそうに俺の胸に顔を埋めてくる。その確かな存在を感じながら再びホールへと視線を戻す。
(……あれ?)
一瞬、視線の先にいたナナさんの表情が強張ったように見えた。
そうであって欲しいという欲深い俺の願望だったのだろうか。改めて見直すと、先ほどと変わらぬ微笑みを周囲に振り撒いていた。
「さて、お集まりの皆様」
会員たちへと深々と頭を下げた支配人が満面の笑みとともに語りだす。
「今宵最後のショーとなりますは、新たに会員となられました方の奴隷の承認式となります」
それを合図に、新たなスポットライトの光が俺を照らし出す。
輝きに目が眩む中、集まった会員たちの拍手が降り注いできた。
「さぁ、ショーの主役はお前さんだ。ステージに出て応えようぜ」
タギシさんの言葉に頷いた俺は玲央奈を見つめる。
「じゃぁ、俺は行くから、悪いが玲央奈はここで待っていてくれ」
少女を手を握り、抱き寄せるとその耳元で囁いて指示を出す。コクリと頷くのを感じ離れようとすると、玲央奈が襟元を掴んで唇を重ねてきた。
不意打ちのキスに驚かされたが、そのまま熱いベーゼを交わす。まだ、ぎこちなさを残しつつも玲央奈も積極的に舌を絡ませあい、粘膜の感触を確かめるように重ねあう。
お互いの存在を確めあい、心を通わせるような口づけで、熱い吐息とともに透明の糸をひきながら離れると、お互いに照れた笑いを浮かべていた。
「それじゃ、頼むよ」
「はい、お気をつけて」
いまでは共闘者となった少女に見送られた俺は、会員たちの視線を感じながらタシギさんとともにステージ中央へと出向く。
ふたりで支配人を挟むように立つ。周囲の会員たちから視線を浴びても、玲央奈のおかげでもう心は落ち着いていた。支配人に紹介されながら、堂々と挨拶をすませていくことができていた。
すぐ横にはナナさんが立っていたが、彼女は一度もこちらを向こうともしない。
無関心を装う彼女の振る舞いに、少し不安を覚えてしまう。だが、そんな俺の感情を他所にして事態は進んでいった。
「……そして、新規会員への立ち会いには恒例通りに、オーナーであるこの方も同席させていただきます」
支配人の言葉とともに背後の床がライトで照らされると、新たな人物が姿を現す。
オーダーメイドらしい仕立ての良い白スーツを嫌みなく着こなし、知的な雰囲気を漂わせている男だ。
どこか芝居かかった一礼をすると、ゆっくりと近づいてくる。
(この男がオーナー……ってことは、こいつが紫堂か!?)
涼子さんや駿河さんが血眼で探していた人物。唐突な登場に面食らっているうちに、気がつけば目の前まできていた。
(いや、落ち着けッ、ここは相手の施設なんだッ。なら、その主が堂々と現れても不思議じゃないだろう)
動揺しかける心を必死で落ち着かせるも、悲しいかな咄嗟によい台詞がでてこない。
握手を求められて応えるので精一杯だった。
「おやおや、どうしました? もしかして、緊張されているのかな?」
俺の反応を愉しむように下から覗き込み、口元に薄笑いを浮かべてくる。
その表情は獲物をいたぶる猫のようで、目が爛々と輝いてみえる。すでにキスが出来そうなほどの距離まで近寄られて焦る俺だが、ふと相手からほのかに漂う独特な甘い香りに気がつく。
(……あれ?)
口元に笑みを浮かべ、小首を傾げて見上げてくる相手。その仕草や佇まいを見ていて、俺の脳裏に引っ掛かるものを感じた。
その原因を探るために思考する俺の姿は、傍目には戸惑っているように見えたのだろう。そばにいたタギシさんが、すぐに助け船をだしてくた。
「あー、勘弁してやってくれよ。ルーキーは初日だからな、お偉いさんの登場で緊張してるんだよ」
タギシさんが間に身を挟んでオーナーを引き剥すと、相手はあきらかに不満そうだった。
だが、カギシさんを見つめて、すぐに肩を竦めて諦めた。
「オホンッ、では続けますぞ」
その場の気まずい雰囲気を繕うように支配人が進行をすすめる中、背を向けるタギシさんに礼を述べた。
「なぁに気にするなよ、お楽しみに茶々を入れられたくないだけさ」
彼が割って入った瞬間、周囲に緊張感が走ったのを感じた。だが、彼は今も気にした様子もなく、俺の前で盾となってくれている。
彼の言葉にホッとさせられるとともに、その広い背中につい亡き兄貴の面影を重ねている自分に気づく。
俺とは違い、スポーツも勉学も優秀で人気者だった兄貴は、想い人であった幼馴染の涼子さんまで妻として娶っていた。
俺の欲しかったものを全て手に入れられた存在に激しく嫉妬したけど、それでもいつの気にかけてくれた兄貴を憎みきれなかった。
(なんで兄貴を思い出すんだろう……しかし、支配人だけでなく、オーナーにも物怖じしない人なんだな)
正直、タギシさんには随分と助けられていた。彼がいなければ、早々にボロをだして、この場までは来れていないだろう。
世話焼きなのは兄貴にそっくりで、つい頼りにしてしまう人だった。
(でも、俺は彼のことをなにも知らないよな……ナナさんなら、教えてくれるだろうか……)
彼と出会った時のナナさんの反応を思い出す。会員たちを魅惑する彼女がみせた意外な反応、それだけでもナナさんにとっても彼が特別な存在なのだと推測できた。
(だが、今、意識するのはあちらだな)
すぐそばに立つオーナーと呼ばれる人物。涼子さんとみた映像にでていたのと同じ白いスーツに眼鏡姿。だが、先ほどから俺の頭になにかが引っ掛かっていた。
(なんだろうな、凄く気持ち悪い)
不具合を含んだプログラムを走らせた時の感覚に近い。その存在を理屈で理解する前に、ちょっとした感覚で感じるときがあるのに似ているのだった。
(くそ、頭の隅で無意識に考えちまう)
もはや職業病なのだが、この感覚は原因が判明するまで続くから厄介だった。おかげで、注意力が散漫になってしまう。
(集中しろッ、該当しそうな人物いたんだ、もう駿河さんに合図するには充分だろッ)
潜入捜査への協力を求められた際に、手渡されたライターに仕込まれた発信器。それで合図すれば密かに待機している警官隊が雪崩込んできて、この長い夜を終わりにできるのだった。
「ーーっと、怖ぇのもいやがるな」
目の前の背中がブルッと震えた。肩越しにみるとオーナーの頭上にある影に気がつく。ユラユラと優雅に泳ぐ他と異なり、漂にながら見下ろす人魚の姿がそこにいた。
(あれは確か鷹匠 杏子って女探偵さんか……でも、エントランスホールにいたはず……ここと水槽が繋がっているのか?)
拘束され、人魚の姿で水槽に飼われているにもかかわらず、堂々とした佇まいから他の人魚とは異彩を放っていた。
(なにを見ているんだ?)
鋭い視線をこちらに向けているのだが、少なくとも俺に向けられたものではないようだ。
その視線を探ろうとする間もなく、すぐに水槽の奥へと消えていった。
その際に俺には彼女が笑っているように感じられた。
「やれやれ、まだ退屈しなくて済そうだな」
ボソリと呟かれたタギシさんの口元には邪悪な笑みが浮かんでいるのが盗み見れた。
「そろそろみたいだぜ」
そう言って振り向いた彼の口元には、いつもの白い歯を見せる爽やかな笑みが浮かんでいた。
「……ん? どうしたよ」
「いえ、それよりも、そろそろって……」
「爺さんだよ、年寄りは話が長いのが難点だよな」
支配人の口上から次の展開がわかるのだろう。
長々と語っていた支配人だが、それもようやく終わるようだった。
「我がクラブでは、所属される皆様に満足を頂けるよう一級品のみを取り揃えております。しかれば奴隷もまた一級であるべきです。そのため、僭越ではありましたが、私どもでそのお手伝いをさせていただきました、それではお見せいたしましょう」
プラチナナンバーの奴隷ふたりに仕えていた屈強な狗仮面の男たちによって運び込まれてきたのは、四肢にタイヤを備えた自走式の手術台というべきものだった。
洗礼されたデザインの乳白色の滑らかなボディーがSFチックな雰囲気を漂わせている。
その上に涼子さんと美里さんが、四肢を鉄輪によって固定された全裸姿で横たわっているのだった。
一糸まとわぬ柔肌がライトを浴びて見惚るばかりに輝いて見える。
改めて見てもそのプロポーズには感動すら覚えて、俺の中ではナナさんにも負けず劣らず魅力的だ。
細首にはクラブの奴隷である証である金属製の首輪がガッチリとはめられているのは変わらない。だが、その先を見て、俺は激しく動揺していた。
(……なんでだよ!?)
目元を覆うアイマスクと口紅をひかれた唇を抉じ開けるようにリングギャクが噛まされていた。
――そう、施錠までしておいた彼女が被っていた全頭マスクが脱がされていた……
アイマスクで目元が隠れているとはいえ、露出している鼻筋やシャープな顎のライン、艷やかな黒髪と、今度こそ俺には涼子さんだと識別できてしまう。
幸いなことにオーナーは、先ほどと変わらず進行を愉しんでいるように見えて大きな動きはない。
(くそッ、どうしてマスクが……)
状況がわからず観客である会員たちに笑みかけていたナナさんと目を向ける。
俺からの視線を感じて彼女が、こちらを見たのだが、すぐに何事もなかったように視線を戻してしまう。
それは、これまでの濃厚な絡みが嘘であったかのように、あまりにも素っ気ない反応だった。
(くッ、そういう……ことなのか……)
ナナさんの反応から俺は嫌でも事態が変わったことをわからされた。
支配人の合図でステージの照明が涼子さんに集まる。その見事に絞りこまれた肉体美に会員たちのどよめきが響き渡る。
支配人の言葉にもあったが、常に一流の品に囲まれて過ごす会員たちは、美女にも見慣れていることだろう。
そんな彼らが反応するのだから、涼子さんの魅力は俺の独りよがりではないらしい。状況が違えば、俺は鼻高々となっていただろう。
「そして、もう一方は今宵の兎狩りでの特賞となります。身の程知らずにも当クラブを探っていた者ではありますが、オーナーの温情により奴隷として生かされ、皆様に提供されることとなった牝でございます。どちらもクラブの管理の奴隷となり皆様にも提供される予定ですので、その際は存分にお楽しみください」
支配人の言葉が、俺が涼子さんをクラブで管理さ
れるシルバーナンバーの牝奴隷にしたのを思い出させる。
潜入捜査の目的であるオーナーの所在を確認しやすい方を合理的に選び、涼子さんにも事後だが同意を得ている。
(大丈夫だ、こんな危険な潜入捜査は、今夜限りにする)
涼子さんを止められずに挑んだ潜入捜査だったが、結果を問わず今夜限りにするつもりだ。
仮に彼女が強引にまたやろうとしても、次はどんなことをしても止める覚悟がついていた。
(あぁ、縛りつけてでも、檻に押し込んででも止めるさ)
皮肉にも今夜の体験でそれを実行できるだけの気概を得ていた。それこそ比喩でもなく、文字通り檻に閉じ込めることすらできそうだった。
縛られて檻に涼子さんを押し込める、その発想に甘美さを感じる自分がいる事実を俺はもう受け入れていた。
「ははッ、こういう反応を貰えるとお互い鼻が高いよな」
続いて美里さんもライトに照らされ、会員たちへと披露されて同様の反応を受けると横に立つタギシさんも嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「さて、それではクラブへと提供いただく奴隷をじっくりとご覧下さい」
支配人の言葉にあわせて背後で変化が起こる。涼子さんたちが横たわる自走式の台が変形しだしたのだ。
介護ベッドのように背もたれが起き上がり、脚を固定していた部分が左右に別れていく。そのまま、まるで産婦人科の分娩台のように両脚をガニ股のポーズで固定してしまう。
両腕の方も頭の左右にくるように変形しており、涼子さんは解剖されるカエルのように股間の秘裂をさらした姿にされてしまうのだった。
改めて間近で涼子さんを見ることで、その身の変化を細かく認識することができた。
身体の産毛といわず股間の茂みまでもが綺麗に消失していた。そのため、まるで赤子のようにスベスベの白くきめ細かな柔肌がエステ帰りのように艶やかに輝いていたのだ。
当然、乱れていた髪も綺麗にセットされて艶やかな光沢まで放ち、唇にも鮮やかな紅が塗られているた。だが、俺の視線は別のところに注視したまま動けずにいた。
豊かなボリュームをもつ乳房、その頂点で硬く尖る乳首を銀色のリングが貫いていたのだ。それだけでなく包み皮から剥きあげられ、小指大に勃起した肉芽にも同様に貫いたリングが冷たい光を放っていた。
「皆様もご存じの当クラブ特製のリングピアスを装着済みです。特殊加工で継ぎ目をなくし、奴隷が勝手に外すこともありません。また、特定の音波を受けることで振動する機能も健在です」
支配人の説明では、俺ら会員が腕にはめているリングで操作することができるらしい。電源を内蔵せずに共振現象を利用するので、発信する側さえ動き続ければ、二十四時間休みなく振動させられることも可能らしい。
(ちょっと待てッ、今、外せないと言ったのか?)
どういう技巧なのかリングピアスには、確かに継ぎ目がないように見える。
硬度も高く、取り外しには特殊な器具が必要らしい。それが事実なら、涼子さんは捜査が終わってもピアスが外せない状況だということになる。
涼子さんが知らぬまに、そんなピアスを装着されたことに憤りを覚えるのだが、周囲の反応から、それがここでは普通のことであるのに気付かされる。
(くそッ、それが本当なら、涼子さんはもう裸を人に見せられなくなるぞ)
だが、涼子さんに施されるのはそれだけではなかった。
台の下部からアームが伸び、その先端が彼女に股間へと押し付けられると俺の目の前にタッチパネル式の操作画面が差し出される。
注意事項と契約内容が記載されたそれは、車中で確認された会員登録の内容だった。
(最終確認ということか……)
このままシルバーを選択すれば、もう彼女は俺の手を離れて誰ともわからない会員たちにも牝奴隷として扱われる立場になってしまう。
それに対して俺は一切の口出しができなくなる代わりに、ナナさんをはじめとしたプラチナクラスの最上級奴隷の指名権や様々な特典が得ることができる。
それによってオーナーと接見する機会も飛躍的に増えて、潜入目的である紫堂の存在を確認することを考えれば最善の手であるはずだった。
(だが、その紫堂らしき人物が目の前にいる)
白スーツ姿の人物が、興味深そうにこちらを見ている。
周囲の盛り上がりようからも、恵まれた状況にあるのがわかる。
それでも俺の指は画面に触れる寸前で止まったままだった。
脳裏には玲央奈に迫っていたカネキと呼ばれていた会員の姿が浮かぶ。
(あぁいうヤツに涼子さんを自由にされる)
それを考えると嫌悪と怒りしか感じない。
幼馴染のお姉さんであり、憧れの女性でもあった涼子さん。兄貴と結婚すると知ったときは、素直に祝福できずに落ち込んだものだった。
――だが、その兄貴は死んだ……
涼子さんは恥ずかしい秘部を眼前でさらしながら、俺のモノとして周囲に認識されている。
それを意識するほどに喜びに身体が震えてしまう。
「ふぅ……」
「おや、どうしたよ?」
画面から指を離した俺に、同じく手続きをしていたタギシさんが声をかけてくる。
俺の表情から何かを読み取ったらしく、嬉しそうな顔をする。
「スッキリした顔をしてるぜ、最後まで悩んでたのも解決したみたいだな」
「まいったな……ナナさんといい、人の心を読みすぎですよ」
「で、どうするんだい?」
そう尋ねたタギシさんは、まるで子供のように目を輝かせて、俺の次の言葉に期待しているのが、ありありと見える。
そんな彼に苦笑いを浮かべると、彼が望んでいるであろう言葉を口にした。
「クラブへの奴隷管理の譲渡は、やっぱり止めます。この牝は俺だけの奴隷にしたいんです」
そう告げた俺に、タシギさんは満足そうにしていた。
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