淫獣捜査 隷辱の魔罠
【69】 刻まれる奴隷の証
俺の宣言によって、先ほどまで盛り上がっていたホールは水を打ったように静まり返ってしまった。
その中をコツコツと靴音を響かせて、支配人が目の前まで歩いてくる。
痩身の彼から溢れ出す威圧感は、これまでとは比較にならないほど強烈だ。
首を吊られているかのように息が吸えない。これまでは手を抜いていたのだと、身をもって思い知らされる。
「確認させていただこうか、先ほど言葉はどういうことかな?」
こめかみに血管を浮かせて、ギロリと睨みあげられて、一瞬、決心が揺らぎそうになる。
だが、目の前で磔となっている翔子さんの姿が俺に勇気を与えてくれた。
「申し訳ありませんが、”シルバープレート”の奴隷としてクラブへ提供するのを取り止めます」
そう言い放ち、後退りそうになるのを踏みとどまる。
本気で威圧してきた視線を正面から受け止めてみせて、それが意外だったのだろう。支配人は目を見張るのがわかった。
息苦しいほどの威圧感から急に開放された。
「……失礼した、理由をお聞かせ願えるかな?」
高圧的であった態度を改め、声のトーンが変化する。あきらかに俺に対する支配人の態度が変化していた。
(よし、今なら俺の言葉も届きそうだ)
相手が俺の興味を持ち、耳を傾けてくれる気配に内心で胸を撫で下ろす。
口調が早くならないよう意識しながら、ゆっくりと口を開いた。
「お恥ずかしい話ですが、あの奴隷には未練があるのを気づかされました。ですので、もっと手元に置いて愉しみたくなったわけです」
「むぅ、だが既にお伝えしたように、あの奴隷は車を降りた時点からクラブの管理下に置かれている」
「えぇ、理解しています。特典まで体験させていただいているのに恐縮です……ですが、この場で契約の締結されると考えるのであれば、まだ変更は可能かと思いますが……どうでしょうか?」
口を開くと、我ながら呆れるほど言葉がポンポンとでてくる。
日頃から現場で無理な仕様変更を押し付けてくるクライアント相手に、対応してきた経験がこんな所で役に立つとは思わなかった。
(一度、不慣れな営業担当に任せて酷い目にあったもんなぁ……それからは上役相手だろうが口八丁手八丁で自ら乗り切ってきたからなぁ)
今の状況が、ごり押しに近いのは理解している。仮に、このまま論破できたとしても、この後の行動に支障がでては意味がない。
だから、こちらも譲歩して上手いこと妥協点へと軟着陸したいところだった。
だが、いかんせん交渉する材料が少なく、情報も不足していた。
(くそッ、なにかいい手はないのか?)
冷めきった場の空気を感じながら、必死に冷静を装いながら思案する。
言葉を紡ぎながら時間稼ぎするのも、そろそろ限界だった。
「ぷっはッ、あはははッ、こりゃ支配人の爺さんの負けだなぁ」
それまで成り行きを面白そうに見ていたタギシさんが、白い歯を見せながら愉快そうに笑いだした。
その笑いに俺も支配人も言葉を止める。
「ルーキーの言うとおり、まだ口約束の段階だもんなぁ。爺さんもしゃしゃり出てきて、ごり押しで奴隷を持ってこうとしたんだ、差し引きゼロのイーブンでいいじゃねぇか……なぁ?」
「タギシさん……」
思わぬ助け舟にホッとさせられたが、爽やかな笑顔のタギシさんに肩をポンポンと叩かれて支配人の表情は険しくなる一方だった。
それでも鋭い眼光は彼には効果がないのか、いいように扱われてしまっている。
「なにを勝手なことを……」
「あッ、そう……なら、俺も特典は返してシルバーでいいわ」
「――なッ」
「と言ってもタダ食いっていうのも悪いしなぁ、そこで提案なんだけどさぁ……」
支配人の迫力も受け流すタギシさんは、その肩に手をまわして、なにやら交渉をはじめた。
その光景はまるで、店員をつかまえて値切り交渉している商人ようで、遠慮ない姿におもわず苦笑いを浮かべてしまう。
同様のことを白いスーツ姿の例のオーナーも感じたのだろう。意外なことに顔を反らせて肩を震わせていた。
(……んん? ま、まぁ、タギシさんのお陰で、場の空気も変わって助かったかな)
厳格な支配人がタギシさんに翻弄される姿に、醒めきっていたギャラリーたちも笑顔で成り行きを見守っているようだ。
先までのピリピリした冷たい空気から、なごやかな雰囲気に変わっている。
こうやって、場の空気が変化する感覚には覚えがあった。
(こういう場を和ませるのは、兄貴も得意だったな……)
昔の俺は、よく正論を振りかざして我を通した挙げ句、場の雰囲気を壊してしまうことが多かった。
そんな時、兄貴は今と同じように仲を取り持ち、冷えきった場の空気を救ってくれた。
兄貴には、そうした俺にはない周囲を笑顔にして人を惹きつける力があった。
――大勢の笑顔になった人たちに囲まれてる兄貴、そのそばにはいつも翔子さんの姿があった……
――輪の外からそれをジッと見つめている俺に、彼女はそっと手を差し伸べてくれる……
――そうして、彼女は俺が孤立しないよう気にかけてくれていた……
つい幼い頃を思い出してズキッと胸が痛みだす。顔に貼りつけたマスクの下で顔を歪めてしまう。
(落ち着け、今じゃぁ俺も随分と丸くなっただろう……とにかく、今は目の前のことに集中しろッ)
気持ちを落ち着かせると、どうやらタギシさんによる交渉は終わったようだった。
不満げな支配人とは対照的に上機嫌のタギシさんの表情から、交渉結果が容易にうかがえた。
「よぉ、納得してもらえたぜッ」
彼のいう通りに相手が納得してるかは疑わしいところだが、どうやら俺に涼子さんの権利が残るゴールドプレートへの変更が通ったようだ。
ホッとする俺に、タギシさんはこちら側の譲歩を伝えてきた。
「ここで、ですか?」
正式会員として迎え入れる儀式として、予定通りこの場で奴隷への刻印を実施するらしい。それが会員証の代わりというのだから、呆れるばかりだ。
それを終えたら、他の会員たちがお披露目を兼ねて俺らふたりのプレイを見てみたいという話らしい。
(涼子さんとタギシさんの奴隷とされた女性記者の美里 夏貴さん、このふたりを会員らの見守る中で調教するのか?)
周囲を見渡して、こちらを見ている多くの会員らに息を飲む。先程までの密閉されたVIPルームでプレイするのとは訳が違う。
躊躇する俺の肩に手を置いて、タギシさんは心配するなと気軽に笑ってくる。
(でも……他の妥協案なんて、俺には思い浮かばないしな……)
他には選択肢がない以上、それを受け入れるしかない状況だ。
「……そういえば、刻印ってなんです?」
「あぁ、ちょっとした焼印をレーザーで肌にいれるんだよ……あーッ、見た方が早いな、おーい、ナナッ、ちゃんと言いつけ通りに処理してきたんだろう? わかりやすくルーキーに見せてやれよ」
タギシさんに声を掛けられて、嫌々といった風に背を向けていたナナさんが振り向いた。
チラリと俺を見つめると、自らの股間へと手を伸ばしていく。
ボディスーツの股間部分にはファスナーが付いており、それを掴むとゆっくりと解放していった。
――ジ、ジ、ジ、ジッ……
徐々に露わになる白い柔肌、そして綺麗なピンク色の秘裂。
その上には車中でもみた黒い茂みがあるはずなのだが、今は綺麗に剃られて、代わりに肌に刻まれた刻印が目に入る。
ハートとMの文字を象った茨、そして王冠を被ったサルのような生物が描かれた刻印だ。
よく見えるようにファスナーの口を手で左右に広げて、ナナさんはがに股ぎみのポーズを取ってみせる。
「コイツ、毛で隠してやがったから剃らせておいたんだよ。でだなぁ……」
自ら秘部をさらすナナさんをそのままにして、タギシさんは愉しそうに解説を続けた。
ナナさんもポーズを維持したまま笑顔を浮かべているのだが、どこか乾いた笑みに見えた。
「ナナの場合はプラチナで固有の主を持たないが、固有の主を持つゴールドの場合は名前を一緒に刻むことになっているんだぜ」
彼の説明が示すように、確かに刻印にはそれらしい空白部分があった。
そこに、どうやら俺の名前を入れるらしい。そうすることで、奴隷が誰のものか明確にするのだろう。
――俺の名前を涼子さんの柔肌に刻み込む……
未だに兄貴に心を馳せている彼女におこなうには、なんとも背徳的で暗い悦びを感じさせる行為だ。
おもわず口許が綻びそうになる俺の肩に手をまわしたタギシさんは、説明を続けながら涼子さんが拘束されている移動台車の前まで連れていく。
操作パネルまできて、俺はあることを思い出す。
(ちょっと待て、俺はどの名前を入力するんだ?)
ここにいる俺は、潜入捜査として入会予定だった人物との入れ替わりで来ている。
当然ながら、ここで俺は本名を入力するわけにはいかないのだ。
(じゃぁ、なにか? 俺は別の男の名を涼子さんの肌に刻むのか?)
先ほどまでの高揚感は虚しく消え去り、困惑と焦燥に襲われる。
すでにタッチパネルの画面にはキーボード表示に切り替わり、あとは俺の入力を待つだけの状態になっていた。
俺が名前を入力すれば、それが彼女の肌に刻まれるという寸法なのだが、その入力する名前の件もあって躊躇してしまう。
なかなか指を伸ばせないでいる俺の様子に、タギシさんは楽しそうに眺めていた。
「――プハッ、あははッ、悪い、悪い、そんなに困らせるつもりはなかったんだぜ」
苦笑いを浮かべるタギシさんは、素早く画面を操作して承認画面に戻してくれた。
「正規の場合は今の説明した通りだが、今回はまだ名前を入力しなくてもいいと思うぜ。そうだなぁ、もうちょっとギリギリまで引っ張って、他の連中に期待を持たせてやろうぜ、その方が後々の取り引きにも効果的だ」
彼が言うには支配人だけでなく、会員たちの中には涼子さんたちを狙っている者がいるらしいのだ。
それに、偶然とはいえ誰もが知る国民的アイドルである玲央奈まで手に入れたことで、俺自身の興味もひけたらしい。
お陰で交渉も有利に進み、それをチラつかせることで、今後も優位に立とうというのだ。
余計な行為だと悩んだ玲央奈の件が、思いのほか交渉カードとして活きたようだ。
おもわず、先ほどまでいたVIPルームを振り返り、玲央奈の姿を確かめる。
思案すると緊張した様子で見つめる少女にゆっくりと頷いてみせた。
「悪いな、なんか戸惑わせてしまって」
「い、いいえ、交渉してもらえて助かりましたよ」
礼を述べながら、内心では名前の入力を回避できたことにホッとしていた。そんな俺は、こちらを見ているナナさんを視界の隅に捉えた。
ホールで再会してから俺には無関心を装っていた彼女が、なぜか険しい表情を浮かべていた。
(なんだんだ?)
それは一瞬だった。すぐにシギシさんから姿勢を戻す許可をもらえて、彼女は何事もなかったように普段通りの笑顔に戻っていた。
だが、垣間見せた彼女の表情が妙に気になってしょうがない。できることなら、すぐにでも問い質したいところだが、注目される今は無理な話だった。
タギシさんの協力もあって、ことは順調に進んでいるはずだ。なのに、まるで小骨が喉に刺さったように、気持ちが落ち着かない。
「それじゃ、俺の方から先に済ませちゃうぜ」
タギシさんは美里さんが拘束されている台車へと移動すると、迷うことなく操作パネルをタッチする。
股の間から伸びたアームがグッタリと動かない美里さんの股間へと先端を押し付ける。
「――あぅッ!?」
隙間からストロボのような閃光が走り、口枷を噛まされた美里さんが苦悶の呻きをあげた。
だが、その時には施術はすでに終わっていた。アームが退くと彼女の股間にはナナさんと同様の刻印が刻み込まれていたのだ。
「なッ、一瞬だろう? 多少熱はもつが、それもすぐにひくから安心しな」
確かに焼きいれる瞬間は呻き声を漏らしたものの、美里さんが激しく苦しんでいる様子はない。
「さぁ、ルーキーの番だぜ」
彼に促されるままに、操作パネルに指を伸ばした。
目の前には、眩いばかりの裸体をさらす涼子さんの姿があった。
拘束台に四肢を固定され、アイマスクとリングギャグを噛まされているだけで、その艶やかな白い柔肌を隠すものは一片もない。
贅肉と呼べるものはなく、無駄なく引き締まった肉体だ。恐ろしく括れたウェストに、ほよくボリュームのあるヒップ。釣り鐘状の見事なカーブを描くバストに見惚れてしまう。
以前の俺ならこの素晴らしい裸体を他人に見せることを嫌悪しただろう。
だが、この魔窟を経験した今は、見せることが誇らしく感じてしまう。
お気に入りの芸術品である裸婦像を自慢する好事家も、こういう気分なのだろう。えも言えぬ高揚感を感じていた。
(あぁ、それを俺は、今から汚そうとしている……)
背徳的な昏い悦びに誘われるままに、操作パネルをタッチする。
操作を受け付けたことを知らせる短い電子音とともに、アームが涼子さんの身体へと伸びていく。
その先端が、綺麗に剃りあげられて幼子のように綺麗な股間へと押し付けられた。
「――あぐぅッ」
閃光とともに涼子さんが僅かに呻いて、拘束された身体を震わせる。
アームが退いた肉丘には、クッキリと奴隷の証しである刻印が刻まれているのだった。
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