淫獣捜査 隷辱の魔罠
【74】 ターゲットの男
「ふぅ……」
涼子さんの腸内へとついに射精を果たした紫堂はじつに満足そうだった。
望まぬ絶頂での肉悦と憎き男にアナルを犯された恥辱の狭間で身を震わせる彼女を、冷たい目で見下ろしながら口端を吊り上げている。
「昔、宣言させてもらった通りにお前さんを犯させてもらったわけだが、なかなか良いケツ穴だったぞ、竜岬(りゅうざき)刑事」
ペチペチッと尻肉を叩きながら紫堂がわざわざ彼女の旧姓で語りかけくる。俺も彼女の口から男根を引き抜きながら、その様子をうかがうっていた。
気性の激しい彼女だが、予想とは異なり反抗的な態度を取ることはなかった。それどころか、悲しみに身を震わせていた。
「うッ……うぅぅ……」
アイマスクの隙間から滲み出る涙が頬を濡らし、顎の先からポタポタと床へと滴る。
リングギャグを噛まされた口からじゃ、堪えることもできずに嗚咽を洩らしていた。
そんな弱々しい姿を前にしては、先ほどの決意とは別にズキリと胸を痛まされる。
だが、そんな感傷に浸れるほど俺の方も余裕があるわけでもなかった。
「な、なにをする……」
涼子さんから強引に引き剥がされて、振り返れば狗頭のマッチョたちが仁王立ちで並んでいた。
その一人が俺の肩にバスローブをかけると、別のふたりがガッシリと両側から肩を掴んでくる。
今度は威圧して振り払うこともできず、ズルズルと涼子さんから離されると、床からせり上がってきた椅子へと強制的に座れさせられてしまった
大理石から切り出したようなガッシリとした椅子だ。それが三脚も用意されて俺は中央に座らされた。
そのまま椅子にでも縛りつけられるかと焦ったが、どうやらその気はないらしい。
ただ、立ち上がろうとするところをアジア系の肌した狗面の男が掌を眼前に突き出して静止してくる。
(先ほどバスローブをかけてくれたのもこの男だったな……)
白肌、黒肌、褐色肌、黄色肌という国際色豊かな四人の中でひとりだけ動作の中に教養を感じさせる男だった。
馬鹿力で肩を掴んでは荒々しい扱いをしてきた二人とは違い、俺が素直に従うと満足そうに頷いてそれ以上はなにもしてこない。
バスローブに袖を通す俺からツカツカと離れていくのと入れ違いに、今度は紫堂が俺の方へとやってきた。
「まぁ、お互いにスッキリしたことだし、少し休憩しようじゃないか……ルーキーくん」
例の変装に使っていた人工皮膚は背中にも使われていたのだろう。前髪をかき上げて薄く笑う彼の背中一面には刺青が浮き上がっていた。
恐ろしい夜叉を背にした姿に、彼がその筋の人間だとようやく実感させられる。
シオによって背後からバスローブを着せられ、俺の右隣に座ってくる。
すると反対の席には、彼の身代わりをしていた白ツールの女がドカリと座って、ニコニコと笑顔を浮かべてこちらを見てくる。
「飲み物をすぐに持ってこさせるわね」
「あぁ、頼むよ」
「ルーキーくんは、飲み物はなにがいいの?」
「じゃ、じゃぁ、そちらと同じものを……」
椅子から乗り出してくる彼女は相変わらず距離が近い。思わずこちらが身を引いてしまう。
戸惑う俺にお構いなしに、ひじ掛けに肘をついてニッと笑ってくる。
「ねぇねぇ、ふたりとも長らく想い焦がれていた女性をこれで犯せたわけだけど、どうだった?」
「えッ……」
いきなりな質問だが、まずはそのデリカシーのなさに怒るべきか、意気揚々と応えるべきか戸惑ってしまう。
すでに俺も涼子さんも相手に正体がバレているようだし、もはや演技をする意味も薄い。
とはいえ、この倶楽部の雰囲気に浸りすぎて俺にはどれが正解かなんてもうわからなくなっている。
(そうでなければ、取り乱していたところだよ……)
潜入捜査で身分がバレるという最悪の状況でありながら、不思議と落ち着いていた。
正確には俺の中には焦り、動揺して泣き叫びそうな部分もあるのだが、それらを俯瞰して見れてしまっている。
それはサド行為の時に客観視している時に似ていた。
フィルターを通して物事を見ているので、どこか他人事のように捉えているようだった。
(現実味がないって意味では、今夜はずっとだな)
スパイ映画の如く身分を偽って美女と敵の本拠地に潜入していた。前日の俺に説明して、決して信じはしなかっただろう。
そう思うとボスキャラと対峙しているような場面でありながら、笑えてくるから不思議だった。
「やっぱり、キミ……面白いね」
どうやら口元が実際に綻んでいたようだ。目の前の女はキスでもできそうな距離までグイグイと迫ってくると、俺のことを興味深そうに見てくる。
ふわりと漂う独特な甘い香りと、薄く口紅が塗られた唇が目の前にあった。
そうでなくても、侵入者である俺への無防備さにこちらが心配してしまうほどだった。
「琴里、そんなんじゃ、ルーキーくんも気が休まらないだろ」
「えッ……あぁ、わかったわよ、一矢くん」
それなりに年齢差はあるはずだが、ふたりは親しげだ。友人というよりも、歳の離れた兄妹といった印象だった。
(琴里というのか……)
運ばれてきたグラスから、まずは俺から選ばせると、ふたりも手に取る。
炭酸の泡が立ち上るエメラルドグリーンの液体。リムジンの中でナナさんに手渡されたカクテルと一緒だった。
(確かアペルタというカクテル名だと言ってたな)
はじめて口にして今までの酒への概念を打ち砕かれた。
そこから、見るもの触れるもの全てが俺のいた日常とは違うのを実感させら続けた。
おかげで俺の常識や考え方は一晩のうちに大きく変えられていた。
正直、このまま無事に帰れたとして、今まで通りに日常を暮らしていけるのか自信がなかった。
なにかにつけて今夜のことを思い出して、深々とため息をついてしまう。そんな光景が脳裏に浮かんでしまう。
手にしたグラスを立ち上る泡を見つめて神妙な顔になってしまう俺だった。
「まぁ、安心していい。すぐに殺したりとかつまらない事はするつもりはないよ」
よほど俺はひどい顔をしていたのだろうか。命の心配でもしてると思ったのか紫堂がそう言ってきたが、「えッ……あぁ……はい、そうですか」と思わず間抜けな反応をしてしまう。
結果的に、ひとまず俺も涼子さんも命の保証はされたようだ。だた、それも永続を約束するものでもない。
紫堂が約束を必ず守る保証もなければ、気がいつ変わるかもわからない。
それでも時間を稼げれば助けが来る可能性も残されてくる。
横目で個室に残る玲央奈を見つめて、彼女が真剣な表情で頷くの確認する。
(――よしッ、ちゃんと、やってくれたようだ)
事情を打ち明けたシャワールームで俺たちは、今後の対応を話し合っていた。
紫堂と邂逅した際に俺に注目が集まるようなら、代わりに玲央奈が発信機を手渡すように計画を立てて、使い方を教えていた。
だから、ホールで出るときに彼女を抱き寄せると、その手に発信機を握らせていたのだ。
白スーツの登場の時は俺からの合図はなく発信を保留していた。
だが、正体を現して登場した紫堂と俺の反応から本物と判断してくれたのだろう。
会員らの注意が俺に向けられているうちに、見事に発信機のスイッチを入れてくれたようだ。
(俺だけだったら無理だったな……)
今の状況でライターを持ち歩いて点火するなんて不自然な行動は不可能だった。
そういう意味でも玲央奈が共闘してくれて本当に助かっていた。
(そうだよな、逃がしてやるって約束したものな)
弱気になっていた俺を玲央奈が踏みとどまらせてくれた。
あとは時間を稼げれば大丈夫なはずなのだが、どうにも不安が拭えない。
なにか致命的な見落としがあるように思えるのだが、それを検討できる状況でもなかった。
(くそッ、モヤモヤするなぁ)
曖昧なことがあると落ち着かない性分で、まるで痒い背中に手が届かないようなもどかしさを感じてしまう。
そんな俺に紫堂は指を一本立ててみせる。
「まずはひとつ……ルーキーの質問になんでも素直に答えてあげよう」
そんな提案をいきなりしてきた。さらに嘘偽りもなしで応えてみせると念を押してくる始末だ。
もちろん、悪党が交わしてくる口約束だから信用できたものではないはわかっている。
だが、先ほどのこともあり、興味深い提案につい俺は深く思考を巡らせてしまう。
(なにを聞くべきだ……いや、そもそも、この提案の意味はなんなんだ?)
目の前では涼子さんの身体が狗仮面の男らによって清められていた。
彼女を使ってなにかするつもりなのだろうが、その準備までの時間つぶしなのだろうか。
紫堂にとって質問そのものには意味がないはずだ。なにか別の時間を稼いでいるなどの可能性も検討してみていると、ふいに紫堂の目とあった。
静かに相手の心の内まで見据えるような視線には見覚えがあった。
(あぁ、あの時の社長と同じだ……)
挫折の末に行きついたベンチャー企業。自らも技術者として陣頭指揮をとっていた社長とはじめて面談したときに、俺を見ていた目とそっくりだった。
――俺は試されている……
紫堂は俺がなにを質問するのかを注視していると直感した。
(あぁ、そういえばナナさんも同じような目で見てくることがあったな)
彼女にも俺と同行する間に試されていたのだろう。突然の彼女からの告白にびっくりさせられたが、お陰で妙に納得できた。
そんなナナさんは本物の紫堂が登場したのを契機に姿を消していた。また、なにかをするつもりなのだろう。
(さて、ならばどうするか……)
わずかな時間とはいえ、紫堂にもタギシさんとして俺と同行して観察されていたわけだ。
いまさら取り繕っても見抜かれるだけだ。ならば、今の俺は聞くことは決まっていた。
「涼子さんを、どうするつもり……ですか?」
俺の真なる願いが彼女を自分のモノにするのであれば、今、最優先に確認したいことがそれだった。
目をスーッと細める紫堂に、語尾が尻すぼみになってしまったのは目を瞑って欲しいところだ。
それでも彼の目を見据えたまま、最後まで言い切った。
それに対するは沈黙。周囲も息をひそめて見守っている。
静寂の中で、それまで客観視することでなりを潜めていた俺の不安が徐々に膨れてくる。
ジンワリと手のひらに汗が噴き出て、ネクタイを締めているわけでもないのに妙に息苦しい。
それは目の前にいる男にいつのまにか呑まれていたからだ。
彼の視線、細かな仕草を見落とすまいと凝視するうちに、紫堂がまとう死の気配に影響されていたのだった。
――ゴクリ……
口に溜まっていた生唾を飲み込む音が妙に大きく響いて聞こえた。
実際には俺にしか聞こえない小さな音だ。極度の緊張と恐怖で敏感になっている証拠だった。
だが、逃げ出すことも目を反らすこともするべきではないと、俺の直感は訴えていた。
そして、それに迷うことなく俺は従った。
「……フッ」
緊迫した空気の中で、紫堂がわずかに笑った。
途端に張りつめていた空気が弛緩するのを感じる。
俺だけでなくホールの周囲で見守ていた会員たちの場の空気に呑まれていたのだ。
「いや、笑ってすまないな。期待していた通りの質問だったので嬉しくてな」
そうやって口元を綻ばせる紫堂だが、メガネのレンズ越しに見える目はまだ笑っていない。
心の中を見通すような視線を向けたままだったのだ。
だが、少なくとも最初の質問で失望されることを避けられたのは大きかった。
周囲には理解されていなくても、今の会話は大きな分岐点だと俺は理解していた。
だから紫堂の返答に、思わず汗で濡れる手を密かに握りしめていたほどだ。
「……それで?」
「あぁ、質問の答えがまだだったな。正直、今はまだ決めかねてる状態だ」
そういうと視線を外して指でメガネのブリッジを押し上げる。
あの視線から逃れられたことで、少しだけ気が緩んでしまった。
お陰で次の彼の言葉で冷や汗を流してしまうことになった。
「昔から俺に歯向かったヤツは、手足を削いで達磨にした上で生殺しにするのが常なんだがね」
それが冗談でも比喩でもないのは、まるで捕まえた虫の足を千切って遊ぶ子供のように実際に行った話を事細かに語ってみせる彼の表情からわかる。
どうやら彼が涼子さんに逮捕される前後で、紫堂が所属していた組織で内部紛争があったようだ。
インテリヤクザとして莫大な稼ぎを上げる彼の台頭を快く思わない連中がいたようだ。
それによって組長から暗殺者を差し向けられて、海外に逃亡したのだという。
海外で新たに所属したシンジゲートでも頭角をあらわして利益を上げると、こうして強大な力をバックに凱旋すると和解金で組長とも示談とした。
その際に裏で手を引いていた若頭と組長の情婦を処分したのだというのだ。
「それじゃ、そのふたりは……」
「あぁ、手足を根元から切除してやったよ。麻酔から目覚めて……クククッ、自分の身体の状況を理解した時の反応がまた良くってなぁ。今頃は懇意にしてもらっている南米の刑務所で囚人相手に奉仕活動をしているだろうさ」
さも楽しそうに語る彼には肝を冷やされる。状況次第では、俺も涼子さんの同じ目にあわされるのだ。
だが、少なくとも今はそれは回避されているようだ。
「ならば、なぜ……悩んでいるのですか?」
善意や良心の呵責とかは目の前の男からは期待できない。
なにか彼女にとって良からぬことを考えているという漠然とした不安から、俺は確認せずにはいられなかった。
「あぁ、簡単な話だ。じっくりと我慢させられたからね。その分だけ愉しみたいだけだよ。達磨にするのは簡単だが、アッサリと心が壊れられても興醒めだからな。じっくりと心身に教え込んで上げたいのだよ……自分が所詮は男に奉仕する牝でしかないことをね」
ゾッとするような冷たい目で俺を見てる。その狂気すら感じさせる彼に背筋が泡立ってしまう。
「その為に随分と金と時間をつぎ込んで準備を進めてきたのだよ。奴隷調教に秀でた人材も、この秘密倶楽部という場所を入手したのも、すべてこの日のためだからね」
両手を広げて嬉々としてホールを指し示す紫堂に圧倒されてしまう。
彼が語ったことは本心なのだろう。
だが、商才豊かな男が、それだけで行動するとも思えない。
組織の進出に有益であろうとの合理的な判断も下しているだろう。
実際、駿河さんの話では彼のバックにあるシンジゲートによる新型麻薬の拡散は凄まじいものだった。
それには、この秘密?楽部での人脈も大きく関わっているのは、想像するのも容易い。
そして、そちらの目途がついたからこそ、涼子さんにも手を伸ばしてきたのだ。
――失った金や権力以上のものを手に入れて、復讐も果たそうとしている……
欲望に忠実という言葉を自ら具現化している彼に感じ入る部分も確かにある。
その対象が涼子さんとなると黙ってはいられない。
「まぁ、そう怖い顔をするな」
知らぬ間に、俺は紫堂を睨みつけていたようだ。
今にも掴みかからんばかりの俺の様子に、狗仮面の男たちが取り押さえようとしていた。
それを手で制した紫堂は、苦笑を浮かべる。
「それにルーキー、キミに興味をひかれたのが、もうひとつの理由だよ」
「それは、どういう……」
「まぁ、待ちたまえ。ひとまずその話は後にしよう。どうやら準備が終わったようだからな」
そう言うと紫堂は視線を俺から正面へと戻してみせる。
目の前には身を清められた涼子さんが新たな拘束を施されており、その側にはボンデージ衣装に着替えたシオさんが立っているのだった。
「いろいろと見ものだぞ」
そう語る紫堂の口元には残忍な笑みが浮かんでいるのだった。
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