淫獄病院 囚われし美しき患者たち

【1】 月下の逃走

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 冬の満月の光が降り注ぐ中、薄暗い森の中を全裸の女性が必死に走っていた。
 全裸……正確には、その女性の身体の透き通るような白い素肌の上には、黒革の拘束具がきつく絡み付いていた。
 両腕を背後に揃えるように戒めれている為に、バランスを上手く取れず、その足取りはおぼつかなかった。時折、夜露で濡れた石で転びかけるたびに、ピンヒールのブーツを履かされた足で必死に踏ん張ると、白い裸体を戒める黒革のベルトがギチギチッと軋む音を立てて彼女の身体を締め付けた。

「くふぅ……」

 どこか甘い声が開口具を噛まされた美唇から、白い吐息を共に吐き出される。
 長い時間、走り続けたのであろう、拘束具によって乳房を搾り出され、きつく締めつけられた胸元は激しく上下し、露出した肌は汗でぐっしょりと濡れていた。
 そして、乱れたショートボブの黒髪は頬に張り付き、彼女の理知的な瞳は何かに怯えるように大きく見開かれていた。

「おい、いたか?!」
「ちっくしょ、あの阿女ぁぁぁ、逃がさねぇぞ!!」
「ヒヒヒッ、捕まえたら、またじっくり可愛がってやるからなぁぁ!!」
「おぃ、こっちに逃げた跡があるぞぉ!!」

 背後から男どもの怒声が響きわたり、何本ものマグライトの強い光が女性の背後から降り注いだ。


 女性の名は工藤 霞(くどう かすみ)、25歳。大手新聞社の記者である。
 普段は、整った目鼻にノーフレームの眼鏡をかけ、小柄だがモデルのようにバランスの取れたプロポーションをスーツ姿で包み颯爽と歩いていた姿が、今は無残にも裸に剥かれ、黒革の拘束具で激しく戒められ、彼女の華奢な細首には奴隷であるかのように鎖の垂れ下がる首輪が嵌められていた。
 そんな彼女は、先日、先輩記者と共に密かに追い続けていた悪徳政治家と暴力団との癒着の証拠をついに手に入れる事に成功していた。だが、その事にいち早く感づいた一味の手によって、彼女はオートバイで移動中に交通事故を装い連れ去られ、人気の無い山中の病院へと拉致監禁されたのが1週間前であった。
 そして、彼女を待ち受けていたのは、男たちによる拷問だった。気丈にも抗う彼女だったが、激しい責めと自白剤によって、最後には洗いざらい自白させられてしまった。そして、それからは男たちによって昼夜も問わず、ひたすら嬲られ続けられ、更には、その合間には怪しげな白衣の着た男たちによる、まるで実験動物のように扱われる日々が続いたのだった。
 霞に対して毎日行なわれる激しい苦痛と快楽、そして時より投与される薬によって、自分がどんどんと違う存在に変えられていくようで彼女は恐怖した。
 そんな彼女の心が折れかかる寸前、新たな場所へと移動させられる為に車に積み込まれそうになった所を、彼女は最後の力を振り絞り、男たちの隙を突いた逃走したのだった。

(捕まるわけにはいかない……今度、捕まったらどんな目にあうか……)

 想像するだけで、彼女の身体は恐怖で震えてきた。
 霞は、涙が溢れ出そうになるのを必死で我慢すると、拘束され疲れ切った身体に鞭打ち、薄暗い木々の間を必死で駆け抜けた。
 そして、木々が途切れ、彼女の視界が突然広がった。無理矢理履かされたピンヒールが土や石のゴツゴツした感触から、なだらかなアスファルトの感触を伝えてくる。
 だが、霞が道路へ飛び出した途端、その身体は闇を切り裂く強力な光に照らされた。慌てて振り向くと、彼女の目の前に急ブレーキをかける4WDのフロントが迫ってきていた。


 神崎翔子(かんざき しょうこ)は愛車の4WDを運転し、取材先から帰宅する為に人里離れた深夜の山道を走っていた。
 27歳のフリーのライター兼カメラマンである彼女は、背中まで伸ばした少し癖のある黒髪を首の後ろで纏め、キリリとした眉、気の強そうな切れ長の瞳、女性にしては長身でスラッとした細身の体は、今はジーンズに麻の白いワイシャツとラフな格好をしているが、スーツを着てしっかりと化粧をすれば秘書やキャリアウーマンと言われた方が似合いそうな容姿だった。
 事実、都内の出版社に勤めていた頃は、秘書にならないかと社長から日々懇願されたものだが、現場に憧れていた翔子とっては、そういう環境がわずらわしくもあり、現在はフリーの身となっていた。
 そんな彼女の美貌に取材中にちょっかいを出してくる男どもも多かった。だが、こう見えても幼少の頃より空手をやっており、学生時代には全国大会ベスト8までいったほどの猛者でもあった。だから彼女に手を伸ばした大概の男は、彼女がちょっと痛い目にあわせると、すぐにちょっかいを出さなくなった。

 今回は古巣の出版社からの依頼で『各地の隠された絶景を求めて』と題して山奥の温泉や雄大な滝を1人取材してきたところであった。
 連日雨続きの中、どうしても絶景と噂される夕焼け時のベストショットを撮る為に、締め切りギリギリまで粘っていたので、こんな時間になってしまっていた。

(遅くなっちゃったけど……まぁ、粘ったかいはあったわよね)

 ハードスケジュールの為に体は疲れてはいたが、最後に撮った滝の上からの夕焼けの幻想的な光景を思い出し、彼女は煙草を咥えながら満面の笑みを浮かべた。
 その時であった、道路脇の森の中から人影が翔子の目の前に飛び出してきた。

「――なッ!?」

 翔子は、とっさにハンドルを切り急ブレーキをかけると人影を避けた。そして、飛び出した人影の安否を確認する為に、慌ててドアを開けて車外へと飛び出した。


 翔子は道路真央は倒れている女性に駆け寄り助け起こすと、その奇妙な姿に戸惑いを覚えた。
 その女性は、細い首に黒革肉厚の首輪を嵌められ、それから垂れ下がったベルトによって女性の上半身は後手に厳しく拘束されていた。黒革のベルトの合間から根元から絞り出すように無残に変形した豊かな乳房。その頂にある乳首は、小さな金属製の万力のような器具によって無残に挟み潰され、両乳首のそれが小さな銀の鎖で繋がれていた。
 乳房を押し上げるようにウェスト部分はコルセットのように締め付け、女性の腰を恐ろしいほど細く絞り込んでいた。 更には、下半身にも幅広のベルトが褌のように食い込み、太股の間を無残に割り込んでいる。
 足には足首まで覆う15センチはあろかという高いピンヒールのブーツが無理矢理を履かされ、口にはリング状の金具を噛まされ、無残にも口を中をさらしていた。

(えっと……こ、これって……SMってヤツ?)

「あ、あがぁぁ……ぁ……」

 女性は息も絶え絶えに必死に声を絞り出すが、口枷によって満足な言葉も発する事ができないようだった。
 翔子はそんな女性を戒めから解き放とうとするが、全ての拘束に南京錠が嵌められ、簡単には外せないようになっていた。

「いったい……どうしたっていうの? と、とにかく、車の中に乗って!!」

 翔子は、倒れこんだ女性を助け起こそうとしていると、女性の出てきた森の中から新たに4人の男たちが出てきたのに気が付いた。
 男たちは皆、病院の看護師のような首までキッチリとボタンで留めてある白い服を着ていた。彼らは翔子に気が付くと動揺したように立ち止まり、お互い顔を見合わせた。
 だが、すぐに頷き合うと翔子の方へとゆっくりと歩み寄って来た。

「うちの病院の患者が、ご迷惑をおかけしたよう申し訳ありません。大丈夫でしたか?」

 先頭に立っていたスキンヘッドの大男が、にこやかな笑みを浮かべ近づいてくる。

「病院……ですか?」
「ええ、この森の向こうに精神病院がありましてね。その女性はそこから逃げ出してしまった患者なので、こうして保護の為に探しておりました」

 相変わらず人懐こい笑顔で近づいてくる大男であったが、翔子はその後ろに隠れるように他の男たちが背後に警棒のようなモノを隠し持ったのを見逃さなかった。

「へーぇ……でも、この女性の格好は、患者というよりSMの人みたいですよ――ねッ!!」

 翔子も笑顔で対応しつつ彼らとの間合いを計ると、ノーモーションで大男の腹部へと正拳を叩き込んだ。

「ぐッ! がはッ……」

 そして、大男が腹部を抑え前屈みになったところを狙って、低くなった首筋に肘を打ち下ろした。

「そんな話、信じる訳ないでしょ!!」
「てっめぇ!!」

 翔子の啖呵に対し、残りの男たちは怒声を上げて警棒を片手に襲い掛かってきた。
 翔子は助けた女性を背後に庇うように立つと、向かってくる男たちに向かって一気に間合いを詰めた。

「ハァァァッ!!」

 虚を付かれ、まだ警棒を振り上げる途中だった先頭の男の顔面に正拳を叩き込む。
 続けて警棒を振り下ろしてきた2番目の男の警棒を左手でいなし、男の懐に入ると、その鳩尾に肘打ちを入れた。
 更に両手を広げて掴みかかってきた3番目の男の攻撃を身を屈めてかわすと、下からガラ空きとなった男の顎に向けて、スラリと長い脚で垂直に蹴り上げた。

――ドサ、ドサ、ドサッ!!

 瞬く間に打倒された3人の男たちが、白目を剥いて地面に倒れるのは、ほぼ同時だった。

「ふ ――ッ、女だと思って舐めて掛かると痛い目に合うわよ」

 余裕の笑み浮かべ瞬く間に男たちを地に這わすと、翔子は周りを警戒しつつ女性を抱きかかえて愛車の後部座席へと乗せ上げた。そして自分は運転席へと乗り込むと、素早く車をスタートさせ、その場を立ち去ったのだった。





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