淫獄病院 囚われし美しき患者たち

【2】 深夜のカーチェイス

「ふぅ……」

 翔子は背後から追いかけてくる車が無いことを確認すると、ようやく肩の力を抜いた。
 後部座席を覗くと、助け出した女性がシートに横たわっている。
 翔子は、改めてその女性を観察してみた。顔の下半分を口枷の黒革で覆い隠されてはいるが、、目鼻の感じからまだ翔子とそう変わらない年代の女性のようであった。
 そんな彼女は、翔子に助け出され緊張が切れたのであろう、車が走り出すとグッタリとし意識を失ってしまった。その為、今のところ翔子が事情を知る術が無い状態であった。

(まぁ、口枷が取れないと喋る事ができないから無理そうだけどね)

 とっさの状況的判断で女性を助け出してはみたものの、翔子はこれからどうするべきが途方にくれていた。

(しかし、まいったなぁ……)

 警察に連れて行くにも、この格好で連れて行くわけにも行かず。更には、事情を知らないのでは尚更であった。

(思わず手を出しちゃったけど……少なくとも、あっちが悪者……ぽかったわよねぇ)

 男たちの行動や態度を思い起こし、翔子はひとり自分を納得させた。
 元々、物事を深く考えずに行動する性質である彼女は、悩むような時は、自分の直感に従う事にしていた。それでミスをする事も、時にはあったが、不思議と後悔だけはした事がなかった。

(ま、いっかぁ。とりあえずは、あの拘束を解く為にも鍵をなんとかしてないとねぇ)

 後部座席で横たる女性を戒めている拘束具、それに付けられた南京錠によって彼女を戒めから解き放つ事が現状では不可能となっていた。
 
(この山道を下り、あと小1時間もすれば小さな街に到着するし、そこで鍵を切断できるような工具を購入しようかしら……それから……)

 ハンドルを握り、曲がりくねる山道を愛車で走り抜けながら、翔子は今後の行動を検討し始めた。
 だが、翔子はふと見上げたバックミラーに、複数台分のライトの光が背後から猛スピードで迫ってきているのに気がついた。

「やっぱぁ……やっぱり、さっきの連中の仲間よねぇ」

 引き攣った笑みを浮かべ、ツーっと冷や汗を流すと、翔子は加速するべくアクセルを更に踏んだ。


キュキュキュキュッ――

 静まり返った深夜の山道にタイヤの軋む音が鳴り響く。
 翔子の4WDを追いかけるように、3台の黒塗りのベンツが徐々に迫ってきた。
 距離を稼いでいたとはいえ、アスファルトの上では翔子のオフロード仕様の4WDでは分が悪かった。

「このぉ……しつこいわよぉ!!」

 隣車線から前へ回り込んで、翔子の車の頭を抑えようとする相手に対して、彼女は左右にハンドルを切り阻止し続けていた。
 今のところ道幅が狭いのでなんとか阻止できているが、深夜の山道を背後にも気を配りながら高速で走り続けるのは精神的消耗が激しかった。ただでさえハードワークで消耗していた翔子には、このまま逃げ切れるか自信がなかった。

「もぅ……こりゃ、なんとかしないとねぇ」

 その時、道路脇にある案内板が目に入った。そこには、未舗装のわき道が描き示されていた。
 
「らっきーッ!!」 
 
 翔子は迷う事無く急ハンドルを切ると、森の中に入る未舗装のわき道へと車を乗り入れた。バックミラーで確認すると追跡者の3台も迷う事無く、翔子の車に続きわき道へと突入してきていた。

「さーて、そんな車で、私の愛車についてこれるかしら!!」

 わき道は連日の雨でぬかるみ、所々に泥水が溜まっていた。その中を車が通過するたびに激しく泥を跳ね上げていく。
 背後を走るベンツのピカピカの車体がどんどんと泥に塗れ、荒れた道に車体が激しくバウンドしていた。
 そして、そのうち背後の一台が、ぬかるみに嵌って停止し、すぐにもう一台がスリップを起こし脇の木へと激突した。

「へぇ、最後の子はなかなか粘るわねぇ」

 最後の一台は、他の2台とはあきらかに動きが違った。悪路によって暴れる車体を巧みなハンドルさばきで無理矢理押さえ込みながら、この悪条件の中、翔子の4WDとの差を徐々に詰めてきていた。

「それなら……これなら、どう!?」

 翔子は次の急カーブに差し掛かると、カーブを曲がりきった所で急ブレーキをかけた。
 ぬかるみに滑り出す愛車を巧みに操りドリフトをかけると、横付けにした車体で狭い道を塞ぐようにして停止した。そして、助手席に転がしていた愛用のカメラを手に取ると、今来た道へと構えるのだった。
 そんな翔子の待ち構えるカーブに、泥だらけになった黒塗りのベンツが物凄いスピードで突っ込んできた。
 突然、目の前に停止している翔子の車に、追跡者は慌てた様にハンドルを切った。相手の力量からすれば、それでも彼女の車を回避できただろう。
 だが、翔子が構えたカメラから強烈なフラッシュの光が放たれると、それに目が眩んだ追跡者の車は制御を失い、派手にスピンしながら道路わきの木へと頭から激突した。

「へっへーん、やったね!!」

 カメラ越しに驚いた表情を浮かべた追跡者の顔をバッチリとカメラに収め、翔子はニンマリと笑みを浮かべた。 
 衝突し、エンジン部から白煙を上げる車から、先ほどの男たちど同様の服装をした男たちが、よろよろと車から這い出るのを確認すると、翔子は愛車をゆっくりと発進させた。


(やっぱり、さっきの男たちの仲間だったみたいね……)

 翔子はバックミラー越しに、背後で気を失い横たわる女性をチラリと見つめた。
 
(なーんか、ヤバイ事に首を突っ込んじゃったんだろうなぁ……)

 大きくため息を吐くと、翔子は疲れたように肩を落した。
 そうして、彼女は胸ポケットから愛用のタバコを取り出すと、無意識に口に咥えていた。
 考え事をする時の癖で、知らず知らずの内にタバコに火をつけ、大きく吸い込むと、白い煙を美唇の合間から吐き出す。
 
(まっ……特ダネを拾ったと思えばオーケーか……うんうん)

 途端に気持を切り替えひとり納得すると、今度はサイドボードに手を伸ばし、そこに転がしていたスマートフォンを手に取った。
 
「それじゃぁ、編集長に交渉と……あれ?」

 意気揚々と電話をかけようとする翔子であったが、画面に映し出されるのは、無常にも圏外表示であった。

「あっれーッ、そんなにヘンピな土地だったけ? もーッ……しゃーない、編集長には後で連絡するとして……」 

 ひとり運転席で今後の計画を立てると、彼女はその後も他に追跡する車がないか慎重に確認しながらわき道を進んだ。
 それから翔子の車がわき道から抜けて小さな街へと入ったのは、陽がすっかり昇ってからだった。
 
 
 


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