黒い辻風と調律師

【11】 赤き瞳のホムンクルス

 隻腕の男が大きな玄関扉を抜けて屋敷の中へと入ると、そこは暗く静まり返っており、まるで無人のようであった。
 フカフカの絨毯が引き詰められた吹き抜けのフロアには、豪勢なシャンデリアが吊り下げられており、天井には天使をモチーフにした見事な天井画が描かれている。そんな邸内の隅々まで掃除が行き届いていて、周囲を見渡しても埃一つ落ちている様子はなかった。
 男はフロアの中央で立ち止まると、付き添ってきた十字槍を持った女へと無言の合図を送る。すると女は男に一礼をして音も立てずに薄暗い廊下の奥へと消えていった。
 それを黙って見送った男は、どこか感慨深そうに周囲を見渡すと、女とは違う方向へと足を向けるのだった。



――ドサッ

 瑠璃を何度も地面に叩きつけ続けた巨漢の男は、手にしていた小柄な身体を無造作に放り捨てた。
 ポニーテールに纏められていた髪が解け、お尻まである長い金髪は乱れて放射状に地面の上に広がり、その上で仰向けに倒れた瑠璃はピクリとも動かなかった。全身の傷からは血が流れ出し、瑠璃の肌は血の気がひいて異様に白くなっていた。
 そんな瑠璃の頭上に、ユラリとせむし男は立つと、手にした巨大鋏をかがげあげる。そして、鈍い光りを放つ切っ先を揃え、瑠璃の首を目がけて一気に振り下ろした。

――ガキッ

 だが、その細い首を切り落とそうとした切っ先は、寸前のところで瑠璃の小さな手が受け止めた。
 指先で軽く刃を摘んでいるようにしか見えないのに、せむし男が腕を異様に盛り上げてプルプルとその身を震わせても、それはピクリとも動く気配はなかった。

「……クスッ」

 長い金髪が垂れ下がり表情の見えない瑠璃の口元が三日月型に開かれる。
 その途端、周囲の空気が急激に下がったように寒気が襲い、それまで感情らしいものを見せなかった巨漢とせむし男がブルッと身体を震わせた。

「ウォォォォッ!!」

 まるで何かを振り払うかのように巨漢が雄叫びをあげたかと思うと、地面に仰向けに横たわる瑠璃の身体目がけて巨拳を振り下ろす。
 
――ドゴォッ!!
 
 だが、振り下ろされて地面にめり込んだ拳の下には瑠璃の姿はなく、まるでフイルムの一部を切り取ったかのように忽然と姿が消えたかと思うと、いつのまにかせむし男の背後で背を向けて立っていた。
 
「……プッ!!」 

 その小さな口から何かが吐き出され、芝生の上にベチャリと落ちる。それはピクピクと蠢くピンク色の肉塊であった。

――ヒューッ

 それと同時にせむし男から壊れた笛の音のような音が響き渡るのだが、その喉もとがいつのまにかゴッソリと抉られていた。

――プッシューッ

 まるで、急に刻が動き出したかのように、そこから大量の血が噴出する。その勢いで首が背後にダランと垂れ下がると、続いてせむし男の身体が地面へと崩れ落ちた。

「……クス、クスッ」
「オォォォッ!!」

 ドクドクと地面に血の海を広げる亡骸の上を巨漢の男が乗り越え瑠璃へと肉薄し、その巨大な手で瑠璃の小柄な身体を握り潰さんと掴みかかった。

――パシッ!!

 瑠璃はその迫り来る巨大な両手を小さな手でいとも簡単に受け止める。だが、巨漢はそのまま力任せに押し潰そうとグイグイと体重を掛け、その圧力で瑠璃の脚が地面へとめり込んでいった。
 だが、その動きもすぐにピタリと止まり、それどころか徐々に巨漢が瑠璃の小さな身体によって押し返されていく。

――メキメキッ……

 手甲で覆われた巨大な腕から嫌な音が聴こえ始めたかと思うと、突然、バキバキッという激しい音を立てて巨漢の腕がありえぬ方向へと折れ曲がる。

「――グアッ!!」

 大きく仰け反り、ヨロヨロと後ずさる巨漢。それに瑠璃はゆっくりと歩み寄り、指を揃えてその大きな身体へと抜き手を突き立てた。すると、それはいとも簡単に巨漢の身体を貫き、肘までズブズブと体内へと押し込まれていく。

「……クス、クス、クスッ」

 瑠璃は口元に笑みを浮べながら体内をまさぐると、内臓を掴んだ手を引き抜いていく。
 そうして、次々と抜き手を巨漢の身体へと突き立てては、大男を内部から解体していった。



 邸内を捜索していた十字槍の女は寝室に人の気配を感じ、まるで影のように音のなく扉の前へと忍び寄る。
 扉の向こうから女の熱い吐息と乱れた喘ぎ声が僅かだが聴こえてくるのを確認すると、女は迷う事無く十字槍で扉をぶち破り、そのままの勢いで柄を分割して間合いを伸ばした多節十字槍で、レースの垂れ下がった天蓋付きベッドの人影へと切っ先を突き立てた。

――ドスッ!!

 だが、その切っ先が伝える感触は肉を貫いたものではなく、レースの裂け目から槍先に貫かれたパジャマを纏ったクッションの姿が見て取れた。
 瞬時に多節十字槍を引き戻そうとする女の背後に、全裸の辻風が音も無く降り立つ。

「……私は今……ひどく機嫌が悪いッ……」

 女の耳元に押し殺した声でそう囁いた辻風は、自らの長い黒髪の中に紛れ込ませていた特殊なワイヤーを引き抜いた。
 それを女の首へと素早く巻きつけ、背中同士を合わせるように振り向き一気に引き絞る。女の首に巻きつけたワイヤーはさしたる抵抗をみせずに肉に食い込み、左右に伸ばした辻風の両手の間でピンとまっすぐに張ると、まるで弦楽器のようにその身を振るわせた。
 それに遅れて背後の女の首がズルリとズレる。頭部が寝室の床へとゴロリと転げ落ちると、その頭部を失った首は大量の血液を噴水のように噴出させた。

「裏切り者のあの男だけでなく、他のメンバーも来るとは……どうなっている……」

 女の死体に一瞥くれて呟くと、辻風は寝室を後にして廊下を歩き出した。



 月夜の下、仰向けに倒れた巨漢の身体に、全身に返り血を浴びた瑠璃が手刀を振り下ろす。
 すでに男の身体から生命の灯は消えており、ただの肉塊となっているのだが、瑠璃はそれに気付かぬかのようにクスクスと笑いながら男の身を切り刻んでいく。
 だが、その振り上げた手首を横から伸びた手がガシッと掴み引き止めた。

「瑠璃……もう、大丈夫ですよ」

 そこには、どこか寂しげな笑みを浮かべたクロが立っていた。
 その声を耳にした途端に、ようやく瑠璃の動きがピタリと止まり、ゆっくりとその顔を上げられると、前髪で隠れていた瑠璃の目元が露になって真っ赤に輝く瞳が姿を現わした。

「あぁ……クロ様……」
「瑠璃には、いつも苦労をかけますね」

 クロが小さな身体をギュッと抱きしめると、瑠璃は嬉しそうにその胸に頬を摺り寄せる。
 そんな瑠璃の頭をクロが愛おしそうに更に優しく撫であげると、瑠璃は目を細めて満足そうに微笑んだ。

「えへへッ……」
「さぁ、流しすぎた血の補充をして下さい」

 クロに促されて瑠璃は遠慮がちに彼の首筋に口を近づけ、異様に伸びた犬歯を突き立てた。
 その行為に慣れた様子で瑠璃の身体を抱きしめながら、クロはポンポンと背中を優しく擦る。そうしていると、死人のように真っ白だった瑠璃の肌が徐々に血の気が戻っていくのだった。

「……ありがとう……ございます……クロ様……」

 しばらくして、クロの首筋から口を離した瑠璃は、疲れきったように瞼を閉じて静かな寝息を立て始める。
 そんな瑠璃の頬を優しく撫でながらその姿を愛おしそうに見つめていたクロは、ゆっくりと抱き上げると屋敷へと足を向けた。
 その先には、いつのまにか隻腕の男が立っており、ジッとクロと瑠璃を見つめているのだが、クロは男の様子を特に気にした様子もなく、黙って瑠璃を抱えたままその脇を通り過ぎていく。

「明日の晩……また来る」

 すれ違い様に放たれた隻腕の男の言葉に、クロはようやく足を止めた。

「これで終わり……て、訳にはいかないのですか?」
「どの道、俺に勝てないようなら、あの娘に未来はない」

 そこまで言うと、今まで無表情だった隻腕の男が苦笑いを浮べ、立ち去ろうとする。

「数世紀も生きているような不死者のアンタには、わからんだろうけどなッ」
「ははは、そんな僕だからこそ、知り合いには少しでも長生きして欲しいのだけどね」

 男の言葉にクロは肩を竦め、少し寂しげな笑みを浮べ応える。
 その言葉にハッとしたように隻腕の男が振り向くと、静かに佇み同様に自分を見つめているクロの姿に複雑な表情を浮べた。

「アンタは……何も変わらないのだな……」
「キミも不器用なところは、昔と変わらないね」

 笑みを浮かべ優しい眼差しをむけるクロに、隻腕の男はまるで少年のような妙に若々しい笑顔を見せると、そのまま背を向けて暗闇の中へと姿を消していった。
 それを黙って見送ったクロは、口元に再び苦笑いを浮べる。

「そちらも……いろいろと僕に聴きたい事があるようだね」

 そう呟いて振り向いたクロの視線の先には、玄関の扉の影で白いシーツを裸体に巻き付け愛用の刀を手にした辻風が、ムスッとした表情を浮かべて黙って立っているのだった。





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