ボディ・スナッチャー

【1】孤島学園

 緋川 智奈(ひかわ ともな)は妹の話を聞くと、手にしたビール缶から口を離して露骨に眉をひそめた。

「参加すると才能が開化しちゃうセミナー……なにそれ、新手の宗教の勧誘?」

 その反応に、食卓を挟んで夕食共にしていた優奈(ゆうな)が、不満げに頬を膨らませる。

「もぅ、違うよ、お姉ちゃん! うちの部の葵先輩もそれから帰ってきたら、いきなり大会新記録の連続で優勝だもん。聞いたら他にも似たような話がいろいろあって……」
「あー、はいはい。まとめると……指名された生徒は理事長管轄の研究施設で二週間の選抜セミナー。その内容は秘密で、選ばれるのは必ずしも活躍している生徒とも限らない……」
「それに運動系だけでなく、文化系の生徒も選ばれて活躍してるんだよ」
「うーん、たった二週間でそんな結果がでるんじゃ、やっぱり精神論的な自己啓発セミナーぽいよね」

 あまり興味がないとばかりに、智奈は再びビールに口をつけるとゴクゴクと飲み干していく。
 デニムのホットパンツとTシャツ姿で椅子の上に胡座をかき、旨そうに目を細める様子はまるで中年親父のようだ。だが、それをしているのが前の大学ではミスキャンパスにも輝いたこともある美女なのだった。
 日本人にしては彫りの深い顔立ちで、ショートカットの髪形と切れ長な目元、キリリとした太めの眉が見た者に綺麗というより格好いいという印象を強く抱かせる。
 様々なスポーツや武道を易々とこなす肉体は、よく引き締まり無駄な贅肉がついていない。だからといって女性らしい魅力が損なわれているわけでなく、バストやヒップといった、女性らしさを感じるところには充分すぎるほどのボリュームをもっている。
 まるで西洋の彫刻のごとき肉体美は、肉親であり同姓でもある優奈から見ても惚れ惚れするほどだった。
 それでいて、性格は体育会系的な竹を割ったようなサッパリとしていて正義感も強いのだから、学生だけでなく教職員の中にもファンは多い。
 そんな智奈だが既に意中の人がいるのを公言しており、その人物に憧れてジャーナリストを目指しているのだった。

「うー、絶対食いつかせられると思ったのになぁ」

 姉の気のない反応に、優奈はガックリと肩を落とす。
 高等部で仕入れた面白いネタがあると、意気揚々と姉の元までやって来た優奈であった。
 恐らく小遣い目当てでもあったのだろう。その目論見が外れて落胆を隠せないようだ。そのションボリした姿に、智奈はつい苦笑いを浮かべていた。

「まぁ、可愛い妹がせっかく持ってきてくれたんだし、情報料は考えてあげても良いわよ」
「ホ、ホントに? うぅ、助かった」
「そんなにお金に困ってるの? いったい何に使ったのよ」
「違うよ、実は祐くんの誕生日が迫ってて、いいプレゼントを買いたくて……」

 頬を赤く染めて、恥ずかしげに顔を俯かせる優奈。
 どうやら交際中の彼の誕生日プレゼントを買うのが目的らしい。彼とは競技大会で何度も顔を合わせていく中で親しくなっていったと聞いている。
 優奈はポニーテールにまとめた長い髪以外は、姉によく似ている美少女だ。
 制服であるセーラー服の下にある陸上競技で鍛えられたスラリとしたスレンダーな肉体は、まだあどけなさがあるものの、あと数年もすれば、その輝きを増して男たちの注目をあびることになるだろう。
 身体を縮こませてモジモジしている妹の姿に、つい智奈の口元に意地悪な笑みが浮かぶ。

「ほぅ、そんな優奈さんですが、彼とはどこまで関係を進めたのでしょうか、お聞かせ願えますか?」

 芸能レポーターよろしく、智奈がマイク代わりにビール缶を突き出す。突然のことに、優奈はしどろもどろに反応してしまう。

「え、キ、キスまで……あッ」
「へー、キスまでねぇ。それじゃぁ、誕生日に優奈自身をあげちゃえば?」

 智奈の言葉にキョトンとした反応を示す優奈。その意味を理解した途端、ボッと茹でダコのように耳まで真っ赤に染め上げる。
 その初々しい反応に、智奈は笑いながら優しげな眼差しを向けるのだった。



 そんな仲のよい緋川姉妹であったが、半年前に交通事故で両親を失っている。
 頼れる親族もおらず、途方に暮れていた二人に手を差し伸べてくれたのは、母親の親友だったという高名な女性科学者、佐渡島 百合子(さどじま ゆりこ)だった。
 その時に智奈たちも初めて知ったのだが、母親の由奈は元科学者で佐渡島の同僚であったという。
 事故の記事で由奈の死を知り、姉妹の現状を知ったのだった。
 彼女は私財を投じて創ったという全寮制の女学園に、ふたりを特待生として招き入れた。そうして妹の優奈は高等部へ、姉の智奈は大学部へと、つい先月に編入してきたばかりだった。
 学園があるのは元は佐渡島の研究所があった場所で、電波など極力外部からの影響を受けぬようにと内海の孤島に建てられている。
 その為に、出入りは船とヘリコプターのみという交通の便が非常に悪い僻地であるのだが、必要なものが全て揃っている最新設備の寮は思っていた以上に快適だった。
 ただ、極度の男性嫌いであるという佐渡島の方針で、島内には女性だけしかおらず、その独特の雰囲気にはまだ慣れていない二人であった。
 愉しげに笑い合い、次の週末に一緒に街まで買い物に行く約束を交わす姉妹。そんな二人をジッと見つめる視線があった。
 部屋の各所に巧妙に設置された特殊カメラが、とある部屋にズラリと並ぶモニターに笑顔を浮かべあう美人姉妹の姿を映し出している。
 それを眺め、口元に乾いた笑みを浮かべる人物。その存在に彼女らは、まだ気付いてはいない。

――その翌日、妹の優奈が選抜セミナーのメンバーへと選ばれた。

 指名された者は私物持ち込み厳禁で、手ぶらで目的地へと向かう。
 優奈もまた身一つでゲートを越えて歩いていく。その後ろ姿を見送りながら、智奈は不安を覚えていた。
 だが、その智奈自身もまた、一週間後に同じくメンバーに選ばれるのだった。