虚影なる正義 −折られた翼− (1/3)

「ねぇ、いいネタがあるんだけど」

 そう言って猫目を細めた彼女が悪戯っぽい笑みを浮かべながら仕事場にやってきた。

――さらった美人を性奴隷に調教して楽しむ秘密の倶楽部が存在する……

 そんな都市伝説のような眉唾モノのネタを担当編集者である楠木 敬子(くすのき けいこ)が持ってきたのは、年末の締め切りを前にして苦戦している時だった。
 敬子とは大学からの長い付き合いになる。
 在学中は何度もミスキャンパスに選ばれるような美貌とプロポーションの持ち主であったが、そんな事を鼻にかけずにざっくばらんな性格の持ち主だった。
 だから男女問わず人気があって、彼女の周りにはいつも人で溢れていた。
 そして好奇心も旺盛で行動力もあった。彼女がジッとしてる事はなく、常に向かう先では事件が起きていた。
 周囲を巻き込んでの騒動の数々が面白くって、私は入学当初から彼女をよく見ていたけど、彼女の方も早くからこちらの存在に気付いていたらしい。ある事件を切っ掛けに私まで巻き込んできた。
 それからは強引に連れまわされる毎日で、身近で彼女の行動を目にするようになって改めてその滅茶苦茶ぶりに驚かされた。
 普通なら躊躇するような危険な場面でも迷うことなく進んでいく。そして、いつも寸前のところで華麗にかわしてしまうのだ。
 まるで最初から答えがわかっているかのような動きの数々に、ある時に質問したことがある。

「うーん、なんとなーく身体が動いちゃうのよね」

 自慢の艶やかな黒髪をいじりながら、困ったように彼女は答えた。どうやら深くは考えてはないらしい。ただ、彼女は妙に勘がよいところがあるから、それが関係してるのかもしれない。
 私が彼女に対してより深く興味を持つようになったのは、それからだった。
 対する彼女の方も、なにかと私の事を気に掛けてくれていた。
 どちらかというと人とつるむのが苦手で放っておいて欲しくもあったのだが、何だかんだと彼女に付き合わされて、いろんな所に連れまわされたものだった。
 そんな彼女の強引さも私は文句を言いつつも嫌いではなかったし、まるで背に翼を生やしたかのように颯爽と駆け抜ける彼女の姿を追うのが愉しくなっていた。

――彼女となら、どこまでも行ける……そんな気がしていた。

 だから、彼女からいろんな事件を追う人たちを手助けしたいと相談された時も、その行動力と人脈の広さがきっと役に立つと感じた。迷わず出版社にいる先輩を紹介して応援しようと思ったのだった。
 まぁ、その後に編集者となった彼女だが、ジッとできずに自らも事件を追いはじめることとなる。それに付き合わされて記事を提供する側になるとはその時は思ってもいなかった。
 そんなこんなで彼女とは卒業後も付き合いが続いている。ノンフィクション作家となった私は、彼女と組んでさまざまな事件を取り上げてきた。
 その中には悪徳政治家が黒幕の汚染物質の不法投棄や駐在大使による麻薬密輸売買など、スクープで巨悪を世に曝け出して司法当局を動かした事は一度や二度ではない。
 そのいずれもが、こうして彼女が何処からか仕入れてきたネタが元になっていた。
 お陰様で若輩者ながらもこのジャンルでは少しは名が売れていて、今ではテレビのコメンテーターとしての仕事も何本か抱えるようになって多忙な日々を過ごしていた。

「うーん……それって本当にあるのかい?」

 いくつもの締め切りを抱えていた私は、ネタがネタだけについそんな反応をしてしまう。

「ふーん、売れっ子で超お忙しい桐山先生は、そういうことを言っちゃうのね」
「うッ……ま、まぁ、男性読者だったら確かに食い付きそうなネタではあるね」

 『先生』と呼ばれる事に未だに苦手なのを知っている彼女は、私の腰が重い時にはワザと先生呼ばわりをしてくる。
 どうせ渋り続けたところで、最後には連れ回されるのは散々経験してきた。

「あぁ、もぅッ、わかったよッ、こちらが悪かった」

 冷たい目線を向ける彼女に、両手をあげて降参の意思を示す。

「……ぷッ、ふふッ、うふふ……」

 情けなく肩をおとす姿に、彼女が堪えきれずにクスクスと笑いだす。その笑顔にホッとすると私も口許を綻ばせていた。
 それは彼女ともう何度も繰り返してきた行為だった。

「まぁ、敬子が持ってきた話なんだから、それなりに手応えがあるんだろう?」
「うーん、そうなんだけど、ただもう少し裏付けが必要かな。もうちょっとで良い情報を得られそうだから、そうしたら二人で本格的に動きましょう」

 彼女がそこまで言うのなら確かなネタなのだろう。ようやくその気になってきた私の顔に彼女も満足そうにする。
 取り合えず彼女が確証を掴むまでは、締め切りを抱えている私も動ける範囲で探ってみることで落ち着いた。
 そうして、私なりのコネクションを使って調べていくうちに、いろいろとキナ臭い情報が集まってきた。
 ただ、どの情報提供者も詳しい話となると固く口を閉ざしてしまう。お陰で私の方は早々に暗礁に乗り上げることになってしまった。
 彼女の方も珍しく手こずっているようだった。それから暫くして「有力な情報源を得られたので、本気をだして探ってみる」という文面を最後にパッタリと途絶えてしまった。
 普通ならそれで心配するところだが、本腰を入れてからの行動力の凄まじさを散々見てきた私は、今回も素直に彼女からの吉報を待つことにした。
 それから敬子から見せたいモノがあると連絡来たのは一ヶ月後だった。
 どうやら、今回も大きな収穫があったらしく電話越しの彼女はえらく興奮しているようだった。その様子から一刻も早くそれを私に見せたいのがわかった。
 時間は深夜だったが、すぐに彼女のマンションへと向かった。
 彼女が住んでいるのは一人暮らしにしては広い2LDKのマンションで、時間が不規則になりがちな編集者という仕事柄、仕事場に近い都心部にあった。
 すぐ横をバイパスが通っており深夜でも車の行き来が多い。お陰で防音性が高くて昼でも静かに寝てられるとしょうもない自慢をされた事があった。
 私が部屋を訪れると彼女が嬉しそうに出迎えてくれた。少しやつれているようにも見えたが、ニコニコして元気そうな様子に私はホッとした。

「ねぇ、早く、早くッ」

 挨拶もそこそこに腕を引かれると薄暗いリビングへと連れていかれる。
 そこには彼女自慢のシアターセットがあって、大型モニターの前に設置されたソファへと座らされた。

「……で、一ヶ月も待たせて、成果はどうだった?」
「ふふふ、まぁ、慌てない慌てない、まずはこれを見てよ」

 彼女は何が楽しいのか陽気に笑いながら私の隣に座る。置いてあったリモコンを手に取ると大型モニターの電源を入れた。

――そして、その映像が始まった……

 画面を塗りつぶす深い闇。それがスポットライトの強い光によって照らされた。
 どこかステージの上なのだろうか。暗闇の中、画面中央に木目調の床材だけが浮き上がる。
 そこへ黒人の大男が現れた。上半身が裸の姿で、鍛えられた肉体の持ち主なのがよくわかる。
 その大きな手には鎖が握られていた。

――ジャラリ……

 黒人が鎖を引くと闇の中から後ろ手に拘束された女性が現れた。鎖は女性に巻かれた首輪へと繋がっていた。
 年齢は二十代後半だろう、栗色の長髪が特徴的で濃いめの化粧と派手な色合いの真紅のドレス姿だから水商売をしている女性にみえる。
 胸元やサイドに大きく切れ込みの入った真紅のドレスは、その見事なプロポーションを浮き上がらせていた。細く括れたウェストは驚くほど絞りこまれているのだがバストとヒップは対照的なボリュームを持っていた。それらが描く美しい曲線に思わず惚れぼれしてしまうほどだった。
 ただ、頭部には黒革製のアイマスクが被せられていて、顔を確認することはできない。顎や鼻のシャープなラインから整った顔立ちであるのは疑いようがなかった。
 そんな女性の口の中には詰め物が押し込まれていて、その上から吐き出せぬようにゴム製の棒が噛まされていた。轡のように噛まされた口枷によって、真紅の口紅を塗られた唇が大きく開かされていた。

(これは例の秘密倶楽部の映像なのかな?)

 敬子は画面を見つめたままで、まだ説明をする気はないようだった。仕方なく私も黙って映像を見続けることにした。
 女性に続くように更に黒人の黒人たちが次々と姿を現した。
 女性を囲むように立つ四人の黒人たち。その全員が鍛えられた肉体の持ち主で、それを誇示するかのように黒いパンツ一丁で仁王立ちしている。
 拘束された女性を見下ろして、白い歯を剥いてニヤニヤという嫌な笑みを浮かべている。その姿に嫌悪を感じてしまう。
 その黒人たちは女性を拘束していた手錠を解くと、ドレスを脱がそうとしはじめる。
 もちろん両手が自由になった女性も必死で抵抗しようとするのだが、背後から両手首を掴まれて、高々と上げさせられて封じられてしまう。
 身体を捩って抜け出そうとするが、まるで万力で固定されたかのようにピクリともしない。そうしている間に、正面の黒人がドレスの胸元へと手をかけた。

――ビリビリッ

 高価そうな布地が引き裂かれた。その途端、窮屈そうにドレスに納められていた女性の双乳が露になった。
 大きさもさることながら、形状も素晴らしい乳房だった。張りのある釣り鐘状の先端では綺麗なピンク色の乳首がわずかに上を向いていた。

『うぅーッ』

 女性の抵抗がより激しくなった。それでも吊り上げられた両腕が自由になる気配はなく、豊乳が左右に激しく揺れる姿が嗜虐者を楽しませる結果となってしまう。
 それでも諦めることなく必死で抗い続ける。それを玩ぶように、黒人たちは下卑た笑いを浮かべながらゆっくりと衣服を引き裂き、次々と剥ぎ取っていった。