催淫染脳支配

【1】 麗しき師妹

 紫鳳 真矢(しほう まや)が、母校であるこの女学園に赴任して三年が経つ。英語の教鞭をとる彼女は一年生のクラス担任を受け持つ一方で、去年からは新設された空手部の顧問も引き受けていた。
 真矢には高校生時代に美少女空手家として世間から注目されていた時期があった。空手の全国大会での優勝経験まであるのだが、辞めてから随分と経っていた。
 顧問を受ける際に長いブランクを懸念していた真矢であったが、この一年間、生徒に混じって練習を続けた結果、ようやく技のキレが戻ってきていた。
 その日の放課後も、武道場で空手部の練習が行われていた。
 部員のほとんどが空手初心者だということもあって、技の説明を兼ねて真矢が演武を行っていた。
 目に見えぬ相手を見据えるように、正面に向けられる切れ長の目。そこには、教師らしい理知的さと自尊心を感じさせる強い光を宿していた。
 ノーメイクなのに極め細かな肌は十代のようで、それでいて心なしかふっくらとした唇に薄く塗られたリップが大人の色香を感じさせる。
 授業ではアップにまとめている艶やかな黒髪が、首の後ろで束ねられると背中まであることがわかる。それが技を繰り出すたびに弧を描いて、まるで新体操のリボンのように美しく宙を舞っていた。

「先生の蹴り技って、流れるような動きで……ホントに綺麗ですよね」

 スラリとした長い脚が鞭のようにしなり、次々と蹴り技を中心に繰り出していく。それを周囲で観ていた部員の少女たちがウットリと見惚れているのだった。
 その中でも部長である二年生の壬生屋 潤(みぶや じゅん)は食い入るように観ていて、興奮で顔を赤らめていた。

「あぁンッ、何度見ても痺れちゃうわッ、全国大会での決勝試合も捨てがたいけど、生で見れる幸せには代えがたいわッ」

 鼻息荒く技のどこが凄いのかを周囲に解説をしだす潤。毎度のように聞かされる熱弁に、他の部員たちは諦めたように苦笑いを浮かべる。
 それも潤が空手をはじめる切っ掛けとなったのが目の前にいる真矢だというのだから、しょうがない事なのだろう。
 幼い頃に、ネットの動画でたまたま見た真矢の全国大会の映像。当時、美少女空手家として騒がれていた真矢は、過熱する取材と押し寄せる野次馬によって、練習もままならない状態になっていた。
 それでも全国大会への出場を果たし、接戦の末に見事に優勝までしたのだから凄いことだった。その一部始終を記録した密着番組が、潤の見たものだった。
 そんな真矢がこの女学園に教師として戻ってきていると聞き付けて、潤はわざわざ入学してきたのだ。
 当時はなかった空手部を創設しようと部員集めに奮闘して、断り続ける真矢をついに説き伏せて顧問に就任させたのも彼女だった。

「ホント凄かったですよ、もう完全復活ですねッ、最後の内回し蹴りからの連続技とかホント痺れましたッ」 「いいえ、まだまだダメねぇ……息が、もう切れているもの」

 そう言って潤が差し出したタオルで汗を拭う真矢は、確かに苦しげに息を乱しながら大量の汗をダラダラとかいていた。
 道着の下に着ているインナーシャツが汗を吸い、ビッショリと濡れた布がGカップあるというバストに貼り付いていた。

「それに蹴り技は派手だけど隙も大きいわ。小柄な壬生屋さんの場合、コンパクトでスピードの早い技で相手の隙を付いた方が、試合ではよいと思うわ」

 168センチもある真矢に比べ、潤は156センチとひとまわり小さい。
 確かにリーチの差など考えれば指摘通りなのだが、憧れの真矢に近づきたい一心の少女には受け入れがたい提案だった。
 ただ身長を別にすれば、潤は全盛期の真矢に良く似ていた。
 勝ち気そうなややつり目ぎみのアーモンド型の目。そこにはストイックなまでに空手に打ち込んだ自信で溢れていて、笑うと一転して愛嬌がでるところなど、ソックリなのだ。
 身体も少女から女性へと変わりつつある肉体に、適切なトレーニングで無駄のない引き締まった筋肉がついている。それでいて、女性らしい丸みを維持しているのだから、食事にも相当気を使っているのだろう。
 悩みといえば日々大きくなってきている乳房で、異性がみる好色な視線が気になりだしている潤だった。
 図らずともそれは、真矢も過去に抱いた悩みであった。成長と共に大きくなる胸の膨らみは、ともすれば競技をする上では邪魔にしかならない。
 その上、世間からの注目が集まるに従い、ファンと称する大勢の男たちが大会に押し掛けては、日々女らしくなっていく肉体に好色な視線を注いできたのだ。
 その中にはストーカーと化して、卑猥なプレゼントを送ってきた者もいた。
 そして、ついには練習の帰り道で、連れ去ろうと待ち構えていた輩まででてしまったのだ。ワンボックスカーに連れ込まれそうなったものの、幸い通行人の機転で防がれた。
 ただ、その時に恐怖で動けずにろくな抵抗もできなかった真矢は、無力さへの挫折感と拭えぬストーカーへの恐怖で空手を辞めたのだった。
 その後、道場の館長の薦めもあって海外支部のスタッフとして働く傍ら現地の大学に通わせてもらった。
 日本での執拗なマスコミやストーカーから解放されての平穏な日々を過ごせた。そのお陰で、徐々に心の傷が癒えてきていた。
 そして、世間の関心が薄れたのを知って、密かに日本に戻ってきて母校の教師となったのだ。
 だが、今でも連れ去ろうとした目出し帽の男の不気味な目を今でも思い出すと身体が震えてしまう。悪夢にでてきては恐怖で目覚める夜が、まだ続いている真矢であった。

(でも、今が一番って気持ちも充分すぎるほどわかるけどね)

 普段は勝ち気そうな眼差しの潤が、キラキラと澄んだ瞳を輝かせて見上げている。ポニーテールに纏めた髪が尻尾のように左右に揺れている様は、可愛い仔犬のようだった。
 その純真な姿に真矢は苦笑いを浮かべると、先ほどの連続蹴り技について少女に親身になって教えるのだった。
 熱狂的な真矢のファンである潤だが、憧れの人からの指導を受けて、メキメキと実力を上げていた。今年は全国大会へも出場するのだから、その実力も既に本物だろう。
 師妹関係であるふたりは、まるで本物の姉妹のように仲がよい。手取り足取り教えを受けている姿を、周囲で見守る部員たちも微笑ましく見守っている。
 だが、その光景を他にも見ている者がいるのに、部員のひとりが気付いた。

「やだぁ、また来てる」

 空手部が使用している武道場は高い天井になっており、上のフロアから見下ろせる窓があった。そこに立って見ている者がいたのだ。

「うわッ、キモトカゲじゃん」
「うぅ、アタシ、なに考えてるのかわかんなくってアイツ苦手なんだよねぇ」
「わかる、わかるッ、なんかお兄ちゃんが飼ってるイグアナを思い出しちゃって鳥肌が立っちゃうもん」

 嫌悪を露にする部員たちの様子に、真矢と潤も傍観者の存在に気がついた。
 それは今年、カウンセラーとして採用された戸陰 満能(とかげ みちたか)であった。
 進路や人間関係などで悩む生徒の心のケアをするために、学園にはカウンセラーが駐在していた。
 半年に急遽辞めた前任者の代わりに採用されたのが彼で、痩せ細った体格の中年の男だ。
 元はどこぞの研究室で脳の研究をしてたというが、確かに運動には縁のなさそうな血色の悪い肌をしている。
 いつも薄汚れた白衣を着て、暇さえあれば校内を徘徊している。気づくと無表情で腫れぼったい瞼の半眼でジッと見つめているので生徒たちから気味悪がられていた。
 前任者が生徒からの評判の良かった上品な女性カウンセラーだっただけに、赴任当初の評判は芳しくなかった。
 だが、クラスメートによるイジメに悩んだある生徒が相談してから一転した。関係者をひとりひとり呼び出して、カウンセリングを続けた結果、大事になる前に仲裁することに成功したのだ。
 その手腕に同僚教師たちも、人は見掛けによらないもんだと感心していて評価を変えていた。
 最近では彼のカウンセリングを受けると成績が上がるという噂もたち、実際に学業で悩んでいた生徒が、彼に相談してから急激に成績をあげていると話題になっていた。
 だが、そのどこか爬虫類じみた風貌から気味悪がられるのは変わらずで、部員たちも落ち着かない様子だった。
 真矢自身も正直に言えば彼が苦手だった。あの視線を向けられるとなぜか視線を外せずにいて、落ち着かない気分にさせらるのだ。
 だが、同じ生徒を導く大人という立場から邪険にもできずにいた。今も視線を向けられて困惑している真矢だったが、なにかに気付いたように視線を外すと戸陰は何事もなかったかのように立ち去っていった。
 姿が見えなくなると、安堵した部員たちが途端に気色が悪いとぼやきだす。

(まぁ、わからなくもないけど……)

 それに内心では同意してしまう真矢だが、指導する立場として陰口合戦へと発展する前に少女たちを宥めていく。
 その背後では、潤がひとり険しい顔を浮かべて戸陰が去った方を見つめていた。


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