催淫染脳支配
【3】 奇妙な椅子
莉乃の家は、高い塀と広い敷地に囲まれた屋敷が並ぶ区画にあった。
建築デザイナーが手懸けたという500平米の広さを誇る三階建ての建物は、シャンデリアの吊られた吹き抜けのリビングにグランドピアが設置され、螺旋階段で上階へと上がれるようになっていた。
室内にはビリヤード台のある娯楽室にはじまりサウナやジャグジーなどが揃っている。更に三階にはキッチンやバスが揃ったゲストルームまであった。
家具や調度品は北欧ヴィンテージで揃えられていて主のこだわりが強く感じられる。それらは、幼少の頃に亡くなった莉乃の父親が遺したものだった。
資産家だった父親は頻繁にホームパーティーを開いていたので、その招待客や海外からの来客のために用意していた設備だった。
だが、主の亡くなった今は、それらの多くが使われることはなかった。
外資系の会社役員をしている母親は海外にいることが多く、本当はこの自宅を売却して海外への引っ越しも考えていたという。だが、それに普段は親に黙って従う莉乃が珍しく反対していたのだった。
自宅へと一度帰宅した潤は、大荷物を抱えて来ていた。莉乃の家に久しぶりに泊まると聞いた両親から大量の手料理を持たされてしまったのだ。
その喜びようから、空手部を創設してから、泊まりに来ていないことに気がついた。以前は頻繁にお互いの家に泊まっては、そのまま何日も滞在することが普通だった。
「次はウチに誘ってみようかな」
喜ぶ莉乃の姿を想い描きながら入り口のインターフォンを押す。遠隔操作で玄関が解錠されると、勝手知ったる様子で上がり込んでいく。
広いリビングを抜けて螺旋階段で上階へと向かう。泊まりの時は、いつもゲストルームを使っていたからだ。
広々とした屋内には生活感をほとんど感じず、寒々しく感じてしまう。狭いけど大家族で賑やかな壬生屋家とは対照的だった。
「きたよーッ」
三階に上がるとゲストルームの扉をノックして入る。
扉の向こうにはバスルームのある短い廊下を抜けて20畳ほどのリビングがある。隣接してキッチンが備え付けられていて、奥にはふたつの寝室があった。
「いらっしゃい」
莉乃はシャワーを浴びていたのか、まだ濡れた裸体にピンク色のバスローブを羽織っただけの姿だった。
そのために隙間から乳房や股間の茂みが見えていた。
最近、密かに大きくなったと感じる乳房は、ブラジャーがないと更に大きく見える。垂体状の盛り上がりはDカップはありそうだが、その先端が鈍く光った気がした。
(……んん?)
なにか銀色のモノが付着しているように見えたが、莉乃がバスローブの襟を寄せてちゃんと着直すと、それ以上は確認できなかった。
「なぁにぃ、そんなに私の胸をジロジロみて……潤ちゃんって、真面目そうにしてるけど、結構エッチだよね」
「ち、ちがうッ、違うってッ、ほ、ほらッ……えーと、莉乃の胸が大きくなったかなぁって?」
そう言いつつも潤はバスローブの隙間から覗く胸の膨らみや、素足にドキリとしてしまう。
水滴で濡れている柔肌がピンク色に上気していて妙に艶かしく、慌てて目を逸らす。
それを莉乃は愉しそうに見ていた。
「ふふ、そうかなぁ? 触って確かめてみる?」
大人びた笑みを浮かべた莉乃が、潤の手を取るとバスローブの中へと誘導する。それに誘われるままに触ってしまっていた。
「ねぇ、触ってみてどう?」
胸に置かれた潤の手を包むように、莉乃の両手が被せられた。
「凄いく……柔らかい……それに肌が熱いぐらい火照ってる……」
トクトクと速いリズムを刻む莉乃の心臓の鼓動が掌から感じられる。
それに呼応するように自分の鼓動も速まっていくが潤にはわかった。
「んッ……あぁン……」
悩ましい声に驚いてみれば、莉乃が潤んだ瞳で見つめていた。
頬の紅潮はさらに増し、熱病にかかったかのように赤い。白い歯を覗かせる唇の合間にからは、熱い吐息をはいていた。
そのまま寄せられてくる唇に、潤はハッして飛び退いていた。
「そ、そうだッ、部活で汗臭いんだった。あはは、じゃぁ、シャワー借りるねッ」
返答も聞かずバスルームへと逃げ込むと、くったりとタイルの上に座り込んでしまう。
迫ってきた莉乃の姿を思い浮かべるだけで、心臓が痛いぐらい高鳴ってしまう。そんな自分の反応に潤は戸惑っていた。
(なんでこんなにドキドキしちゃってるの? それも女の子同士なのに……)
空手ではどんな大人の猛者にも気後れしない潤が、バスローブ姿の同級生が漂わせる大人の色気に圧倒されてしまっていた。
ただでさえ恋愛経験がなく、疎いのだからしょうがないだろう。軽いパニック状態に陥って、今の状況を判断出来ずにいた。
それでも今の潤でも解ることが、ひとつだけあった。
(それって、きっと……アレだよね)
親友の変貌に驚かされたが、その要因は性経験であろうことは疎い潤でも想像できた。
ただ、親しい友人が異性と経験したであろう行為を想像すると恥ずかしさで赤面してしまうのだった。
(ア、アタシだって、一応は人並みにそういうのに興味はあるわよ……)
だが、恋人とのキスはおろか手を握ったことすらない。もちろん恋人など、いたこともない。
だが、潤がモテないわけではなかった。空手の大会で必ず言い寄ってくる男子はいるし、街中で声を掛けられることも多い。
ただ、今は憧れだった紫鳳 真矢に教えを乞う方が愉しかったのだ。
それでもクラスメートがする恋人の存在を羨ましくも思うし、人並みに興味もある。初体験の話を聞いては、赤面しながらドキドキしたものだった。
いつか素敵な彼氏ができたらっと妄想する潤も普通の少女だった。
(ふーッ、やっとドキドキが治まった……)
冷たいシャワーを頭から浴びて、動揺していた潤の心もどうにか落ち着きを取り戻していた。
脱衣場に戻ると脱いだ衣服はなく、代わりに水色のバスローブだけが置かれていた。
ショーツも片付けられてしまったらしく、探しても見当たらない。諦めて素肌の上にバスローブだけを着てリビングへと戻った。
「こっちよ」
莉乃はリビングの奥にいた。ダイニングテーブルの更に向こう側、ガラス張りのテーブルとセットで設置された三人掛けのソファーに座っていた。
くつろいだ様子でグラスに注いだアイスティーを飲んでいて、潤に隣に座るように促してくる。
いくつもクッションが置かれた座席に、ふたり並んで座る。すると莉乃が当たり前のように身を寄せてきた。
肩を寄せあうようにピタッとくっつかれると、高級シャンプーの芳しい香り立ちこめ、少し乱れたバスローブの襟元から乳丘が覗き見えた。
さっきのこともあって、潤はすぐに赤面してしまう。
気を逸らそうと周囲を見渡して、部屋の隅に見慣れないモノが置かれていることに気がついた。
それは黒く塗られた一人掛けの肘掛け椅子だった。太い木材を組み合わせたような無骨な造りで、人が触れる部分には黒革が張ってある。
背もたれが高いのが特徴的で、床から二メールぐらいの高さがある。所々に用途不明な金具あり、腰掛けの前部分が大きく抉れていて、コの字型になって座りにくそうなのも奇妙なところだった。
重くて丈夫そうなだけで、デザイン性の富んだ家具が並ぶ莉乃の家では異彩を放っていた。
(前に来た時には……なかったよね?)
照明を受けて妖しい光沢を放つ黒い椅子。その存在が妙に気になって潤は目が離せないでいた。
その間に莉乃が氷の入ったグラスへと新たにアイスティーを注いでいた。
氷がカランっと音をたて、グラスの表面に水滴を浮かしていく。
コースターの上に置かれた飲み物は、良く冷えてお風呂場あがりには美味しそうだ。
「はいッ、どうぞ」
「う、うん、ありがとう」
なにかを期待するようにジッと見られていては、椅子のことを聞きづらかった。
(まぁ、時間はあるんだし、後で聞けばいいか)
薦められるままにグラスを手に取って、一口飲んでみる。
紅茶の強い風味と甘味を感じるが、その飲み物にはアルコールが入っていた。
「――って、これお酒じゃんッ」
「ロングアイランド・アイスティーってカクテル、飲みやすいし美味しいわよ」
自らもグラスを傾けて、莉乃は美味しそうに飲んでニッコリと微笑む。
確かに飲みやすいし、アルコールもあまり感じない飲み物だった。
カクテルが出てきたことに驚かされた潤だが、それ以上に真面目すぎる性格だった莉乃がお酒を飲んでいることが驚きだった。飲み慣れた様子から、お酒を飲むのが今夜がはじめてではないようだ。
「それを飲んでくれたら、潤ちゃんの知りたがってたことを教えてあげるわよ」
莉乃が空にしたグラスを振って笑ってみせる。
潤には、空手部主将である自分に飲酒を薦めてくること自体が、覚悟を試されているように感じられた。
次の行動を見極めようとする莉乃の視線を受けながら、潤は迷うことなくグラスの中身を一気に飲み干していった。
はじめて飲むお酒だったが、甘く飲みやすい風味に助けられた。
どうにか空にしたグラスをテーブルに置くと、莉乃は妙に嬉しそうに微笑んでいた。
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