催淫染脳支配

【8】 新たなる実験計画

 深夜の公園に何台もの警察車両が集まり、大勢の警察官による現場検証が行われていた。
 いくつもの回転灯が周囲を赤く照らす中、テープで隔離された現場周囲にはスマートフォンを手にした野次馬たちが群がっていた。
 その中に紛れ込む戸陰の姿があった。彼自身も研究施設から機材など持ち出しているため、目立つことは避けたかったのだ。その為、警察が到着する前に姿を隠したわけだが、結果として警察への対応を真矢ひとりに押し付けるかたちになっていた。

(明日にでも詫びておく必要がありますね)

 警察の相手はまだまだ続きそうだった。それによって真矢との関係を拗らせるべきではないという合理的な判断からであり、彼自身は自分の行為を少しも悪いとは感じていなかった。
 あくまでも彼の頭の中にあるのは研究に関することだけであり、それは今でも変わらないのだ。
 だから彼の関心は、保護されたふたりの女生徒に移っていた。

(はやり、あのふたりでしたか……)

 婦人警官に介抱されている女学園の生徒たちは、戸陰による実験の被験者でもあった。
 莉乃を虐めていたグループの中核にいたのがこのふたりだったのだ。
 それぞれ大病院の経営者と大手商社の役員を父親にもち、両親からかけられる高い期待に応えるよう優等生を演じていた。そのストレスをイジメという形で発散していたのだ。
 そこまでわかれば、言うことを聞かせるのは簡単だった。録画しておいたイジメの映像を見せながら、両親に報告すると言うと予想通りに泣きついてきた。
 あとはカウンセリングという名目で呼び出しては実験に協力してもらうと、あとはサドの気質を開花させた莉乃の餌食となったのだ。
 戸陰の想像を上まわる残忍さを発揮した莉乃は、ふたりを完膚なきにまで屈服させると絶対服従の奴隷へと躾てしまった。
 今では莉乃の従順な下僕へと成り下がった少女らだったが、他のサンプルと同様に快楽に溺れやすいのは変わらずで、目を離すとこうして肉悦を求めて男漁りをしている始末であった。

(どうやら相手はただのゴロツキだったようですね。今のところふたりも不審がられてはいないようですし、ひとまず安心しても良さそうですね)

 不測の事態に備えて対応方法は教えてあった。それに従い警察には友達との勉強会から帰る途中だったと偽のアリバイを伝えているようだ。
 あとは、それに口裏を合わせるように他の者にもメールを送信すると、ようやく戸陰も気を抜くことができた。
 しばらくすると女生徒たちの側に真矢がやってきたのが見えた。
 心配で様子を見にきたようで、ふたりが元気そうにしているのにホッとした表情を浮かべている。だが、まだ警察への協力が残っているのだろう。すぐに年配の警察官に連れられて奥の警察車両の方へと戻っていった。

(やはり歩くだけでも絵になる女ですね)

 颯爽と歩く真矢の姿に野次馬どもが色めきたっていた。スマートフォンで撮影しては警備にあたる警官に叱られている。
 もっと見ようと群がっていく野次馬たちに巻き込まれないよう、戸陰は一歩離れていた。だからこそ、その中で他の者とは違う雰囲気で真矢を見つめる男がいるのに気がつけた。
 憎愛混じる眼差しを向ける男の顔を戸陰はどこかで見た気がする。だが、すぐには思い出せずにいた。
 ボサボサに伸びた髪に濃い髭面の熊みたいな大男という特徴的な人物だ。一度会ったら簡単には忘れないはずだ。

(ならば、会ったのではなく情報として知ったのか?)

 ならばと、ここ数日の記憶から順々に遡っていくと、ようやく思い出すことができた。
 人相や雰囲気が随分と変わって見えたが、たしかに各部の特徴は一致している。

(この男がそうなのか?)

 観察対象をその男に絞って見ていると、しばらくして人混みから離れていった。
 戸陰は迷うことなく後をつけると、男は大通りを避けて狭い道ばかりを選んで歩いていく。
 途中のコンビニに立ち寄り、大量の缶ビールと食料を買い込むと裏手にあるビルの隙間へと消えていった。
 周囲をビルに囲まれた空間には、古びたアパートが建っていた。昭和の匂いが漂いそうなボロアパートで、そこだけタイムスリップしたかのような錯覚をおぼえる。
 男がそのまま一階奥の部屋へと消えていくの見届けると、表札に書かれた名から戸陰は推測が正しかったことを確認する。

「なるほど、なるほど……これは大変興味深いですね」

 コンビニの場所から女学園の校舎が見えるのを確認すると戸陰は目を細めた。
 状況を整理した戸陰は新たに得た情報を吟味していく。そうして、ある計画を組み上げたのだった。



 翌朝、いつものように出勤した真矢だが眠たげな様子で、何度もあくびを噛み殺していた。朝方近くまで警察に協力していたために、わずかな睡眠時間しかとれなかったのだ。
 すでに牛田から昨夜の騒動を聞かされたのだろう。同僚たちが代わるがわる真矢の席にやってきては、彼女の勇気ある行動を称賛していった。
 それに笑顔で応えていた彼女の元に戸陰が現れると持っていたコーヒーカップを差し出した。
 戸陰の行動に周囲にいた同僚たちは驚きの表情を浮かべていた。普段は進んで関わりを持とうとしない彼からすると意外な行動なのだ。それを珍しがると共に、その経過を興味深そうに見守っていた。

「昨夜は面倒を押しつけた形になり、すみませんでした」
「えぇ、まったくです」

 コーヒーカップを受け取った真矢は、少し頬を膨らませてムッとした表情を浮かべてみせる。そうすると、少し子供ぽい表情となる。
 だが、不機嫌に見えたのは一瞬で湯気をたてるコーヒーカップに口をつけると、すぐに表情を緩めた。

「でも、戸陰さんの助けであの子たちも救えました。なので、この美味しいコーヒーで勘弁してあげますね」
「それはよかった。泣く泣く秘蔵の豆を差し出したかいがありましたね」

 そう思っているのも疑わしい無表情さで告げる戸陰に、真矢はおもわず吹き出してしまう。

「ホント、戸陰さんて読めない方ですね。昨夜のあの機敏な動きもビックリしましたけど、もしかして武道をやってらしたのですか?」
「いいえ、知り合いから護身術を少しばかり教えてもらった程度ですよ」

 その知り合いというのは研究施設を警護していた兵士なのだが、そこまでは言う気は彼にはなかった。
 海外では、そうした護身術を教えるスクールも多い。海外の国々をまわってきた真矢はそれで納得したようだ。
 しばらく、そうした護身術についての会話を交わしていたのだが、戸陰が思い出したように話題を切り替えてきた。

「そういえば紫鳳先生がいらっしゃる前に電話を受けたのですが、壬生屋さんがお休みなさるそうですよ。どうやら風邪をひかれたようでした」
「えぇ、本当ですか……昨日はあんなに元気そうだったのに」
「今日は病院に行って週末はゆっくり休むように言っておきました。大会ありますから拗らせてもいけませんしね……さて、ところで時間の方は大丈夫ですか?」

 周囲を見渡せば他の同僚たちは、すでに教室に向かっていた。

「あッ、いけないッ、つい話し込んでしまって……」

 時刻を確認して珍しく慌てた真矢は、教材を手にすると残っていたコーヒーを飲み干す。

「美味しいコーヒーをご馳走さまでした。戸陰さんが困ったときは言って下さいね。今度は私が協力しますからッ」

 微笑みながら立ち去ると真矢は小走りで教室へと向かっていく。その姿を戸陰は目を細めて見送っていた。

「えぇ、では、お言葉に甘えさせてもらいますね」

 先ほど告げた潤の連絡など実際には来てはいなかった。それどころか彼は壬生屋邸で犯され続けている姿を直接確認してきたばかりだったのだ。

(念願が叶って嬉しいのでしょうが、あのままでは壊されていましたからね)

 拘束された潤は何度も気絶するまで責められ続けていた。そして、気を失うたびに身体にピアスをつけられていたのだ。
 硬く尖る乳首などの敏感な部分に銀のリングピアスが貫通されていた。激しい痛みで覚醒させられるたびに、その無惨な姿を鏡で確認させられるのだ。その脇で莉乃が自分とお揃いだと喜んでいた。
 狂気に染まる親友の姿に、流石の潤も恐怖を覚えていた。長時間にわたり苦痛と快楽を心身に刻まれ、すでに反抗する意思も折られていた。

――装置にかけるには良い状態だ

 苦痛に怯え、快楽に翻弄される潤の姿に戸陰はそう判断した。渋る莉乃を説き伏せて、今は次の段階である洗脳処置が行われていた。
 極限状態に追い込まれて弱った心。そのひび割れた心の壁の隙間から、戸陰が開発した装置は触手のように入り込んで、心の奥底をゆっくりと書き換えていく。
 まずは48時間かけて脳内に最適な神経細胞ネットワークを形成すると圧縮された洗脳プログラムが刷り込んでいく。
 急激な脳の組み替えは精神の混乱と被験者の拒絶を起こし、精神の崩壊すら招くおそれがあるためだ。それを避ける為にプログラムの解凍は被験者の負担が少ない睡眠中に行われ、何回かに分けて慎重に実行されるのだ。
 その一方で、海馬に蓄積されている短期記憶の抹消もおこなわれていく。これは凌辱のショックによる精神障害を抑えるためでもあるのだが、洗脳の事実を気付かせない効果もある。だが、記憶が消えようとも激しい恐怖と被虐の肉悦は、すでに隷属の種子として心の奥底に植えつけられてあるのだった。
 それはプログラムが解凍されるたびに着実に育っていく。被験者が知らぬまにジワジワと心に根を張り、どんどんと理性を侵食していく。
 そうして、それが芽吹くのを合図に、新たに組み上がった人格が表層意識を上書きするのだった。
 そうしたプロセスこそが、戸陰がこの女学園で実験を繰り返した研究の成果だった。


 真矢を見送ると戸陰は彼女とは逆の方向へと歩きだし、そのまま女学園の敷地の外へと出ていった。

(プログラムが解凍されるたびに、心は徐々に変容していく。それに抗うどころか自覚することすら難しいのは壬生屋 潤で最終検証できるでしょう。ならは、次は被験者が成熟した大人となった場合はどうなるか……ふむ、これは経過観察が楽しめそうな実験ですね)

 その下準備としてある場所へと向かいながら、戸陰はこれからの手順を確認していく。
 そうしているうちに彼の口元には自然と笑みが溢れてくるのだが、当人はそれを自覚していなかった。



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