漆黒の獄舎

【2】 恥辱にまみれたエスコート

 根津からの約束の連絡は散々待たされたあげく、当日になってようやくきた。
 彼と待ち合わせをすると、会って早々に連れてこられたのは繁華街にある小さな雑居ビルの狭い衣装屋だった。ただし、店内にあるのはきわどいものばかりで、紐のような水着やボンデージ衣装などがところ狭しと陳列されていた。

「なんなのよ、こんなところに連れてきて……」
「当たり前だろ、なんだお前の服装はよぉ」
「なんだって……普通じゃない?」

 翠が着てきたのはライトブルーのブラウスにダークグレーのスーツズボンで、シルバーフレームの伊達メガネを掛けていた。
 眼鏡にカメラを仕込んであり、それ以外にも持ち物に取材用の道具を忍ばせていた。

「まったく、どこぞの会社の秘書さんか女教師かよッ……まぁ、そういうプレイも俺は嫌いじゃないがな」
「イヤらしい目でジロジロ見ないでよ、気持ち悪いッ」

 全身を舐めるように見てくる根津に平手打ちをしようとする翠であったが、予想してたのか簡単に避けられてしまった。

「おいおい顔に手形つけてじゃ、不審すぎてビルに行けねぇだろうがッ。まったく取材不足だな、あそこに行く女たちの格好はチェックしてねぇのかよ」
「――うッ、だ、だってコートを羽織ってたし、深々とフードを被って……って、まさか……」
「おぅよ、ここにあるようなボンデージ衣装だぜ」

 改めて翠は周囲の品を見渡す。革やエナメル、ゴムなど素材は様々な普段では身につけるどころか、翠の生活ではお目にかかることもないものばかりだった。
 その中から根津が無造作に選んでは、無愛想な店主のいるカウンターに並べていく。

「あと、靴も必要だな……そこのピンヒールがいいな」
「ちょ、ちょっとッ、ちょっと待ってよッ」
「安心しろ代金はこっちで持ってやる、まぁ、金を出すのは会社だがなぁ」
「いや、そういう意味じゃなくて……」

 がははっと馬鹿笑いする根津だったが、なにかに気付いて急に真顔で睨み付けてきた。
 いつもは飄々としている根津も、こういう時は妙に迫力があるのだ。

「おい、まさか怖じ気づいたとか言うなよなぁ、こっちとらいろいろとセッティング済みなんだ、今さら無しとか聞かんからなッ」
「うッ……わ、わかってるわよッ」
「なら、代金を払ってるから、とっとと着替えてこいッ」

 衣装を両手に持たされて試着室へと放り込まれる。翠は渋々とだが着替えることにした。
 だが、早々に渡された衣装の布地の少なさに泣きそうになった。それでも、これ以上は弱気なところを見せまいと、羞恥に震えながらも着替えていくのだった。

「おぅ、着替え終わったか?」
「――ッ、ちょっと勝手にカーテンを開けないでよねッ」
「うるせぇなぁ、チンタラ着替えてるからだろ、はやく見せてみろよッ」

 腕を捕まれて強引に引っ張りだされた。恥ずかしさに顔を赤らめて座り込みたくなる翠だが、根津の顔を睨みつけて意地で堪えてみせた。

――足元は爪先立ちしている気分にされるような高い踵のピンヒールを履かされていた。 普段は踵の低い靴を好み、常に護身術の体さばきと蹴りが使えるようにしているので、不安定な足元が心配になってしまう。

――更に太ももまで覆う網タイツが、ほどよく脂の乗った美脚を際立たせ、スラリとしたラインを見せつけている。

――腰回りで身につけているのはサイドが紐になっている黒革製のハイレグビキニパンツのみで、それも秘部が辛うじて隠れる最低限の面積しかなく、濃いめの柔毛が頭を出していた。

――胸元を覆うのは真紅のビスチェで、編み上げの紐で胸下を締め上げる一方で、乳輪がはみ出そうな小さなカップからDカップの豊乳が溢れ出そうだった。

――両手首には白いカフスを模した手枷が装着されて、連結用の金具が冷たい光を放つ。

――細首には黒革のチョーカーが嵌められていて、それを覆う白い襟と黒の蝶ネクタイがワンポイントになっていた。

 改めて自分の格好の恥ずかしさに翠は耳まで真っ赤に染めてしまう。
 そのまわりをぐるぐる歩きながら、根津が満足そうにニヤニヤと笑みを溢していた。

「これで頭に長い耳をつけたら文字通りバニーちゃんの完成だが、それは悪目立ちするから俺が持っててやるよ」
「これって、完全にあなたの趣味よね」
「あぁ、そうだよ。どうせ着るならそっちの方が俺が嬉しいからな」

 臆面もなく言い放つ根津に、言いかけた言葉を飲み込み脱力を覚える翠であった。
 差し出されたコートを奪うように着ると前を閉じようとする。だが、そのコートには留め金具の類いがないことに気がついた。

「あそこでは、そういう決まりなんだよ。あと袖には手を通さないで羽織るだけにしてくれ」

 そういう決まりだと断言されるとなにも言えなくなってしまう。
 主導権を握られて面白くなかったが、情報収集を怠った自分にも非があると無理矢理にでも納得させるしかなかった。
 不機嫌な顔でコートを羽織なおすと、自分の手で前を繋ぎ合わせる。
 そんな彼女を連れて根津は雑居ビルをでると、そのまま繁華街を歩き出した。てっきりハイヤーを呼ぶものだと思っていた翠は、動揺してしまう。

「どうせすぐそこなんだ、歩くぞ……ワンメーターじゃ、経理に説明するのが面倒だしな。それに今のうちに馴れておかないと、着いたときに不審がられるぞ」
「うぅ、なんでアタシがこんな目に……」
「ほれ、こっち側は俺が身体で隠してやるし、転ばないよう支えてやるよ」

 根津が横に並ぶと肩を掴んで引き寄せる。煙草の匂いに混じり男性ホルモンを強く感じる体臭にむせそうになる。
 だが、足元が馴れない高いピンヒールにふらつくのも事実で、今はそれにすがるしかなかったのだ。
 ヨレヨレのスーツ姿のうだつの上がらなさそうな中年男と若い美女とのカップリングに周囲から好奇の目が向けられる。特にハッとするような美貌である翠に対する男どもの視線は熱かった。
 そんな周囲から注がれる視線から逃れるように俯きながら歩く翠であったが、一方で鼻高々な根津は自慢するように翠の肩を掴んで意気揚々と歩くのだった。

「着いたぞ」

 随分と長い時間を歩いていた気がした翠であったが、実際には二十分も歩いていなかった。
 翠は極度の緊張で疲労を感じてしまうのだが、根津は気にも留めずに入り口の前まで進んでいく。
 胸ポケットからカードを取り出すと、入り口脇にあるスリットに通す。それだけで扉が音もなくスライドした。
 迷うことなく進む根津に連れられて、翠はビルの中へと入っていくのだった。





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