裏切りの代価

【3】 狂乱の宴が始まる

 二重になっていた自動ドアを抜けると、その先はエレベーターホールになっていた。
 広さはテニスコートほどで、左右の壁が鏡張りになっているのでより広く感じられる。床にひかれた赤絨毯に導かれた先には二基のエレベーターがあり、その前では六人の黒服のボーイたちが左右に列を作ってふたりを出迎えていた。
 背後では自動ドアが静かに閉じられた。再び開く気配がないことから、入る時と同様に特殊な操作が必要なようだった。
 即座に周囲を観察していた翠であったが、肩を抱いている根津に促されてボーイたちの前まで進んだ。

「招待客の根津だ」
「はい、伺っております」

 招待状を提示する根津に恭しく頭を下げたボーイたちは、彼の上着を預かると翠の肩からもコートを剥ぎ取ってしまう。

「ちょっと、それは……」
「申し訳ありませんが、上着はこちらでお預かりするルールです」
「そ、そう……ならば……しょうがないわね」

 渋々だが同意させられた翠の視界に、鏡壁に映るバニーガールの格好をした自分の姿が入る。
 乳輪は隠れるものの今にも豊乳が溢れ出そうな小さなカップのビスチェに、黒く茂る柔毛がはみ出るハイレグのビキニパンツ。スラリとした長い美脚を爪先立ちするかのような高いピンヒールと太ももまで覆う網タイツがより強調している。
 服装と呼ぶにはあまりにも少ない布面積は、秘部をかろうじて隠すものの、かえって女体を卑猥に引き立てているように感じられてしまう。
 そんなバニーガールの衣装を身に付けているのがモデル並のプロポーションを持つ翠となれば、男の劣情を誘わずにはいられないだろう。
 改めて自分の恥ずかしい姿を認識させられて赤面してしまう翠であった。
 そんな彼女を横目に、ボーイが申し訳なさそうに根津へと提案してきた。

「あと他にもルールがございます。恐縮ですが根津様、お連れ様へのドレスコードですが、足らない部分を補ってもよろしいでしょうか?」
「ん? あぁ、たのむよ」

 根津の了解を受けると、密かに翠の背後にまわっていたボーイたちが無造作に彼女の両手を取ると背後で組み合わせる。

――カチリッ

 金属音と共に背後で手枷同士が連結されていた。更に手首を引き上げられるとチョーカーの後ろにある金具とを短い鎖で繋ぎ止められてしまう。
 一瞬の間に翠は後ろ手に高手小手の状態で拘束されてしまっていた。

「な、なにを……うぐぅッ」

 抗議の声をあげようとした口には口枷が噛まされた。
 顎が掴まれて無理矢理開かされると口を大きく覆う黒革が被せられ、内側にある搾れたゴムが口腔へと挿入される。
 黒革から伸びたベルトが頬に食い込み後頭部へと回されると、眼鏡が外された鼻脇を通って眉間へと抜けたベルトと共にも後頭部で締め上げられてしまう。

−−カキンッ

 小さな南京錠で施錠したボーイたちは、顎下のベルトを調整して口枷がしっかりと固定されたのを確認した。
 そして、口元部分から垂れ下がるポンプを握り潰していく。

――シュコッ……シュコッ……

 空気が送り込まれると、口の中に挿入されていたバルーンが徐々に膨らんでいく。それは長大なゴム製のディルドーとなって口腔だけでなく、喉奥まで侵入すると膨張して隙間を埋めていった。

「おごぇッ……うげぇ……」

 喉奥を刺激されてむせる翠。丸めた背を痙攣させる彼女をよそに、ボーイたちは淡々と拘束作業を続けていた。
 別のボーイがビスチェの胸元を下げて乳房を露出させると、綺麗なピンク色の乳首が姿を現す。それを金属製のピンチで挟み込んでいく。
 小さな万力型の金属に押し潰されて、乳首が無惨にも変形する。もう片方の乳首にも同様に銀のチェーンで繋がったピンチが装着されていった。

「手慣れたもんだな、実に手際がいい」
「恐縮です」

 チョーカーへと繋いだリードを受け取りながら根津が称賛の言葉をかけていた。
 実際に連携して拘束していくボーイたちに無駄な動きがなく、F1レースのピットクルーのごとく流れるように作業していた。
 後ろ手に拘束されているとはいえ格闘への覚えがある翠だ。抵抗しようとするのだが、連携するボーイたちは拘束作業している者をサポートするように他の者が手足を押さえ込み、関節を極めて抵抗を封じているのだった。

「なかなか上達しなくてね、俺にもご教授願いたいぐらいだな」
「いえいえ、ご冗談を、お話は静馬先生から伺っております。先生が師匠と慕っているとか」
「がはは、大袈裟だよ、たまたまお忍びでいらした若先生と店で意気投合しただけさ。お世話になっているのはこちらだよ」

 親しげに談話している間に翠の拘束も終えていた。
 仕上げとばかりに根津が持っていたウサギ耳を頭部に装着するのだが、ギッと睨み付けた翠は身を捩って抵抗の意思を示す。

(騙したわねッ)

 翠は怒りで煮えくり返っていた。
 根津は最初からこの施設の関係者と繋がりがあったのだ。こうなるように誘導された協力要請であり、拘束しやすい姿への着替えで、全て仕組まれていたことだった。

(こんな男を信用したのが、そもそも間違えだった)

 行き詰まっていた取材を餌にされて、まんまとのせられてしまった。迂闊な自分にも腹を立てる翠であったが、全てが後の祭りだった。

「やれやれジャジャ馬なバニーちゃんなのは変わらねぇなぁ……しょうがねぇ、手間だがよろしく頼むよ」
「んッ、んんーッ」

 リードを持つ根津に続き、二人のボーイが両脇から翠の腕を掴むと引き摺るようにしてエレベーターに乗り込む。
 残りのボーイたちに頭下げられて見送れながら、扉が閉じると上昇を開始する。

――チンッ

 再び扉が開かれると広い空間と共に重低音のサウンドときらびやかなライトに出迎えられた。
 バスケットコート一面分ほどの広さのホールが目の前にあった。高さも三階層分の吹き抜けで、壁にはガラスで仕切られた個室が見える。
そこで多くの若者たちが酒を交わし、気ままに踊り、ところ構わずセックスに溺れていた。
 なかには穴という穴で複数の男性の相手をする女性の姿もあり、乱交状態であった。
 その多くの者がボンデージ衣装やラバースーツを纏い、フェティッシュな雰囲気を色濃くしている。そんなカオスな空間を目にして翠は呆然としていた。

「どうだい、凄いもんだろ。よく目に焼き付けておけよ。カメラは規定違反らしいから仕込んでいだ眼鏡ごと没収されちまったがなぁ……ほら、こっちだッ」
「うッ、うぅ……」

 根津にリードを引かれて再び歩かされた。鼻歌まじりに軽い足取りで進む根津、その様子はまるでペットを散歩に連れ歩くような気軽さだ。
 一方の翠は首輪のリードをひかれるという生涯ではじめての体験に、恥ずかしさと怒りで感情が爆発寸前だった。
 根津が向かったのはホールの中央に位置する空間。そこには二メートルほどの高さがある二本の太い鉄柱が立っていた。
 ボーイたちは鉄柱の間に翠を立たせると、拘束していた手枷の連結が外して鉄柱から垂れ下がる鎖へと繋ぎ直そうとする。
 その一瞬の隙を翠は見逃さなかった。素早く繰り出された膝蹴りがボーイのひとりに炸裂する。
 身体をくの字に折り曲げて崩れる間に、もうひとりへと後ろ回し蹴りが入っていた。

「うへーッ、流石というべきか相変わらず容赦ないなぁ」

 崩れ落ちたボーイたちを背に、怒りに燃える翠の瞳が根津を睨み付けた。
 突然のことに周囲の客たちも唖然として動きを止めている。
 だが、その中からひとりの青年が意気揚々と躍り出ると翠の前に立ち塞がる。仲間に良いところみせようと、しゃしゃり出てきたのは俳優の高過だった。
 上半身が裸の革ズボン一丁の姿だ。意外にたくましい肉体は趣味で通うボクシングジムで鍛えられたものであった。

「よぅ、おいたが過ぎる奴隷さんには、躾をしてやらないとな」

 ボクシングスタイルで構えると軽やかなステップで間合いをはかっていく。番組企画でプロ試験を受けただけあって、その動きも様になっていた。
 翠は施錠されている口枷を外すのを諦めると、身体を引いて半身の状態で迎え撃つ。
 緊張したふたりの空気に、流れていたディスコミュージックもいつの間にか鳴り止んでいた。

「――シッ」

 様子見と言った感じでジャブを繰り出していく高過。それをわずかなステップで翠は回避していった。

「やるなぁ……なら、これならどうだいッ」

 フックも絡めたコンビネーションを繰り出す高過。そのスピードも徐々に速くなり、翠も前面に突きだした左手での捌きを交えて回避していく。
 だが、あきらかに手数が追い付いていない。防戦一方になる翠は致命打は避けているものの、不利なのは明白だった。
 勝利を確信した高過はフェイントで翠の隙を誘うと、とどめのストレートを放った。
 それこそが翠の狙いだった。突きだされた拳をかい潜り、逆に懐に入り込んでいく。

「なッ、なにぃぃッ」

 慌てて間合いを取ろうとする高過だが、すでに遅かった。次の瞬間には股間を激しく蹴りあげられて悶絶していたのだった。
 白眼を剥いて床へと倒れ込む高過。それに冷たい一瞥を向けると、翠は根津と対峙した。





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