魅惑の女 −喰らうは禁断の果実−

【1】 居座る男

 狩野 優也(かりのゆうや)は深い眠りから、インターフォンの音で目覚めさせられた。
 昨夜も大学のサークルメンバーらとともに深夜まで盛り上がったものの、途中脱落してリビングのソファでダウンしたのを思いだす。
 時刻を確認すれば、すでに昼下がりだ。そのまま無視を決め込もうとするが、音が鳴り止む気配はなかった。

「……チッ、うるせぇなぁ」

 皮張りのソファに張り付いていた肌をベリベリと剥がしながら、苛立ちとともに立ち上がる。
 百畳はある広々としたリビングは連日のパーティーで酷い有り様だった。テーブルの上にはアルコールの瓶が立ち並び、食い散らかした食べ物などが散乱していた。

「あいつらは、まだ寝室に籠りぱなしかよ……くそッ、めんどくせぇなぁ」

 室内に他のメンバーがいないのを確認すると足元に脱ぎ捨ててあったジーンズを履き、上半身は裸のまま玄関へと向かう。
 金のチェーンネックレスをジャラジャラ鳴らし歩く狩野は、仲間内でもひときわ屈強な体格であった。180センチを超える日焼けの残る褐色の肉体は総合格闘技のジムで鍛えられ、まるで鎧を着込んでいるかのようだ。特に二の腕など丸太のような太さで、そこに彫られた黒い炎をあしらったタトゥーが印象的である。
 毎夜のように馬鹿騒ぎ続けているために、何度か住人から苦情を受けていた。その度に自慢の肉体を誇示しながら恫喝して追い返していたのだ。

「うるせぇぞッ、毎回毎回、お楽しみの邪魔すんじゃねぇッ」

 今回も相手は管理人の中年親父だろうと扉を開いた狩野だが、すぐに目の前に立つ人物に言葉を失うことになる。
 そこにいたのは着物姿の女、それも、おもわず見惚れてしまうほどの美女がいたのだ。
 歳は三十前後だろうか、濡れたような黒髪をアップにまとめ、落ち着いた物腰に白を貴重として鳳凰をあしらった着物が、よく似合う。
 肌は透き通るように白く、幼子のようにきめ細かい。陽の光を浴びてキラキラ輝いて見えるほどで、眩しさに目を細めてしまう。

(んん? この女の顔……どこかで見たことあるな)

 どこか儚げな雰囲気を漂わせる女であるが 、その眼差しには強い決意を感じる。
 その美しさから一瞬芸能人かとも思ったが、どうにも違う気がした。怪訝に思っていると女の方から名乗ってくれた。

「私、鬼咲 摩沙美(きざきまさみ)の母でございます」

 優雅に一礼する姿を見下ろしながら、狩野はようやく合点がいった。リビングの写真立てに家主である女子大生と共に写る女の姿があったのを思い出す。

(母親だったのとはなぁ……だが、似てねぇし、後妻なのかぁ? ちょくちょく来てたメールには、確か京香(きょうか)と表示されてたな)

 アドレス帳やメール、着信履歴は真っ先にチェックして家族構成や交遊関係は把握してあった。
 だが、写真での京香はパーティードレス姿で髪も下ろし、深窓の姫君といった様相で大きく印象が異なっていた。
 さらに女子大生と並び微笑みあう姿など歳の離れた姉妹といった様子で、とても母娘の関係には見えなかったのだ。

(まぁ、どっちでもいいけどなぁ、こんな旨そうな美人の母親がいたとわなぁ、こりゃついてるわ)

 しきりに周囲を気にする京香につられて見渡してみるが人の気配はない。それを確認すると、狩野はつい口元が緩みそうになる。
 だが、邪な本心を覆い隠すように強面を崩して笑いかけてみせる。

「あぁ、彼女ならちょっと奥にいますよ。仲間とパーティーしてたんで、その相手で今は忙しいんですよ。まぁ、ひとまず中に入って下さいよ」

 なるべく気さくさを装ってみたものの上半身が裸の男が娘の部屋から出てきたら警戒をするだろう。
 だが、目の前の京香は応対にでた狩野の強面に動じることもなく、その姿にも気にした様子をみせない。それどころか彼に勧められるままに警戒もなく扉の内側へと入ってくるのだった。

(警戒心がねぇのかぁ? あのじゃじゃ馬娘も箱入りらしく世間知らずだったが……母親もこれじゃぁ、金持ちの女っていうのは案外チョロいのかもな)

 都内の音大に通うという女子大生に目を付けて、帰宅するところを襲ったのが一ヶ月前。そのまま純血を奪った狩野は、この部屋に居座り続けていた。
 軟禁状態の女子大生を調教しながら、毎夜のようにサークルの仲間とドラッグパーティーを楽しんでいたのだ。

(娘の調教をしてたら、今度は美人の母親が自ら飛び込んできたぜ、へへッ、親子丼っていうのははじめてだな)

 楽器のトレーニングにも対応した高い防音性を備えた3LDKのマンションは、女子大生の独り暮らしには贅沢すぎる物件だった。
 その上、家具や調度品は高価なアンティーク品で揃えられており、家主の裕福さが容易に伺える。
 娘から聞き出したところ、父親は様々な事業を営んでいるらしい。試しに口座を確認したら小遣いとして毎月百万円が振り込まれており、父親の溺愛ぶりがわかる。
 そんな資産家の妻となると生粋のセレブなのだろうか、仕草ひとつ取っても優雅さがあり、肌など生娘のようにきめ細かいのも、エステなどに金をかけているからだろう。

(そういや父親は仕事の関係で長らく不在らしいな……なら、しばらくご無沙汰なんだろう? へへ、髪を上げて剥き出しになった、うなじがなんとも色っぽいぜ……なんだが匂いすら、普通の女とは違って感じるぜ)

 女が草履を脱いでいる間に入り口に鍵をかけ、奥へと進む背後から残り香を堪能する。
 そのままガラス扉を開いてリビングに入った京香は、そこで足を止めた。

「これは……」

 遮光カーテンの隙間からわずかな光が差し込むリビング。人の気配はない代わりに室内には大量の酒瓶や食い散らかした料理の残骸が点在していた。それらに混ざり、怪しげな粉末や錠剤が散らばっているのも見える。
 足元もゴミをつめた袋が所狭しと転がっており、狩野が寝ていたソファの回りは、比較的マシな方だった。
 室内の散らかりように流石に驚いたようだが、締め切った室内にこもる男女の体液の独特な臭いに表情を険しくしていく。
 更に奥にある黒いエアマットや大型犬用の檻、その周囲に散らばるバイブレータや浣腸器といった調教道具に気がつくと肩を震わせはじめる。

「あ、あなたたち、ここで何をしているのッ」

 怒気を放ち、振り向く京香に狩野は嘲笑で応える。床に転がる麻縄の束を手にとった彼は、ゆっくりと目の前の獲物へと迫っていくのだった。





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