隷属の交換契約 ー変えられた僕の幼馴染みー

【2】消せない不安

 この翌日、南波たち三人は教師たちにこってりと絞られたようだが、それで懲りるわけもない。
 説教から開放されると早速、陰湿なイジメを僕に仕掛けてきた。
 持ち物の紛失から通りすがりの暴力と、人の目を避けながら巧妙に仕掛けてくる。
 もちろん僕も教師らに相談するのだけど、また別の手で嫌がらせを継続してきて切りがない。

(こうなりゃ、我慢比べだッ)

 卒業まで数ヶ月、それを耐えきって卒業すれば嫌がらせをする三人組とは別れられるし、ミカ姉と同じ学校へと進学するつもりだ。
 そのためには彼らの相手をするよりも、今は受験勉強がなによりも重要だった。
 スポーツ推薦で入学したミカ姉とは違い、僕は一般入試だ。意外に偏差値が高い学校なので、僕の学力だと気を抜けない状態だった。
 そうして覚悟を決めれば、彼らからの嫌がらせには耐えられるし、なによりミカ姉には心配を掛けたくなかった。

(それに、悪いことばかりじゃないしね)

 この頃、ミカ姉は幼い頃のように僕と登下校するようになっていた。
 三人組に対する警護も含めて、僕を送り届けると自分の高校へと向かう。共に地元の学校で近いとはいえ負担は小さくないはず。だけど、それで彼女の心配が減るのならと甘えていた。

「あの時は勇気をだして守ってくれて、ありがとう。すごーく、カッコ良かったよ」

 そう言って夕日の中で微笑んでくれたミカ姉をみて、僕も秘めた想いを告げようと決意をする。

「合格したら……僕がミカ姉と同じ学校に合格できたら、聞いて欲しいことがあるんだ」
「うん……楽しみに待ってるよ」

 それからはミカ姉とはより親密になった気がして、幸せを噛みしめながら受験勉強に没頭できた。
 そんな幸せそうにしている僕のことを、嫌がらせをする南波たちが面白いはずもなかった。だけど、幸せに酔いしれていた僕は、そんな事にも気づけなかった。

――そして、事件が起こった。

 夜遅くに自転車での塾帰りの途中、物陰から急発進した車に撥ねられてしまった。
 幸いなことに死ぬような大怪我は避けられたけど、この大事な時期に右足を骨折してしまう。
 それよりも、もっと大変だったのはミカ姉だ。僕が搬送されたと知らされて、慌てて駆けつけた時の狼狽えぶりは凄かった。
 真っ青な顔してきた彼女は、元気そうにする僕の顔をみてワンワン泣いた。あんなに泣いているミカ姉を見るのなんて、幼い頃以来だろう。
 
「大丈夫だから安心して、ただ、脚を骨折しちゃって送り迎えが車になってしまうのが残念だけどね」
「……もぅ、私との登下校を残念がるぐらいなら大丈夫そうだね」
「正直、それも僕の勉強へのモチベーションを随分と上げてくれてたから……なくなると影響は大きいよ」

 軽口を叩く僕の様子に、不安そうにしていたミカ姉もホッとしたようだ。いつもの彼女に戻っていく。

「しょうがないなぁ、わからないところはメッセージで送って、ここに来て勉強を教えてあげるわよ」
「お願いします、未可子先生」

 お互いの顔を見合わせてクスクスと笑いあう、そんな楽しいやり取りが続いた。
 だけど、僕を轢いた車が盗難車であったこと、犯人はわかっていない事を聞くと途端に険しい表情になる。

「まさかね……でも、それなら今度こそ、私が守るから……」

 強い意志を込めて、自分に言い聞かせていた彼女の言葉、その真意を僕はわかっていなかった。
 翌日から僕は検査やらでしばらく忙しくて、ようやく数日ぶりに彼女に会うと、わずかな違和感を感じた。
 なにか無理に明るくしているように感じたからだ。

「なんか嫌なことでもあったの?」
「……え? いやだなぁ……なんにもないわよ」

 ミカ姉は都合の悪いことや嘘をつくとき、指が耳に触れる癖があった。
 その時もそうだったけど、意地っ張りな彼女は本当のことをなかなか話さないだろう。
 だから、こういう時は彼女が話せるようになるまで待つ、そう僕はしてきた。

「本当に? いつでも相談にのるからね」
「……うん……大丈夫だよ」

 寂しげに微笑むと、その日は逃げるようにして帰っていく。
 いつも颯爽としていた彼女の後ろ姿が、その日は凄く小さくみえて、いいようのない不安にかられてしまう。
 そんな不安をなかなか払拭できぬまま、ミカ姉がお見舞いにくる頻度は日がたつほどに減っていく。

(ミカ姉に会えないのは寂しいけど……)

 空手の大会や定期テストの準備など元々は多忙な彼女だからと自分に言い聞かせて、欠かさずにくるメッセージで会えない寂しさ紛らせた。
 ミカ姉がなかなか来られない日が続いたけれど、退院する前日に久々に会えた。
 面会時間ギリギリに訪れた彼女は白いニットのセーターに赤黒チェック柄のミニスカート、黒のストッキングの組み合わせで、ちょっと大人ぽい雰囲気にドキドキしてしまう。
 それが伝わったのか、ミカ姉とともに二人でモジモジしてしまうけど彼女から手を握り、唇を重ねていた。
 突然のことにビックリして固まってしまう。そんな僕から離れると、彼女は照れてしまったのか、顔を隠すようにして慌ただしく帰ってしまった。
 軽く唇同士が触れるようなキスだったけど、僕からすれば憧れの女性とのファーストキスだった。

(僕がミカ姉とキスをしちゃった……)

 その事実に驚きが去れば喜びが沸き起こる。有頂天となってしまって僕は、看護師さんに注意される始末で、興奮でその夜は眠れなかったほどだ。
 そうして、ようやく退院したのだけど、今度は受験までの日にちが迫っていた。
 入院で遅れた分を取り戻すため、学校側も補習授業を設けてくれたから、僕の方はリハビリとの両立で多忙な日々を過ごすことになった。
 夜遅くに帰宅して、眠い目を擦りながら受験勉強に取り組む。そんな時に届くミカ姉のメッセージがどんなに励みになったことか。

――ミカ姉と同じ学校に合格したら、好きだと告白する。

 彼女の柔らかな唇の感触を思い出しながら、僕はその目的のために頑張り続けられた。
 そうして、本番である入学試験も無事に受けられて、確かな手応えも感じていた。あとは合格発表を待つばかりとなって、ようやく張り詰めていた緊張を緩めることができた。
 それからは怪我を治すためにリハビリに専念する日々で、成長期でもある僕は予定よりも早くギブスを外してもらえた。

「ミカ姉は家にいるのかぁ、喜んでくれるかな」

 不意打ちでの訪問を考えたのは、ちょっと驚かせやろうという悪戯心からだった。
 だけど、マンションに戻る途中の繁華街で、事前のメッセージでは自宅にいるはずの彼女を見かけることになる。それも例の三人組と一緒に歩いている姿だ。

「なんで、あいつらと……」

 南波たち三人は親しげにミカ姉に話しかけ、リーダーの南波にいたっては馴れなれしく彼女の肩に手をまわしている。
 まるで俺の女と言わんばかりの態度で、これみよがしに胸まで揉んでいた。
 以前のミカ姉なら、そんなことされたら痛烈な一撃を見舞っていただろう。だけど、その時は真っ赤な顔で俯いてされるがままだ。
 他人の空似というのも考えたけど、見慣れない派手な真紅のコート姿とはいえ間違いなくミカ姉だった。
 徐々に遠のいていく彼らを慌てて追いかける けど、夕方なのもあって買い物客が多い。ちょっと目を離すと見失ってしまいそうだ。
 それでも、ミカ姉を放っておけない僕は、距離をおいて追跡する。
 そうして、しばらく後ろから見ていて、ミカ姉の様子がおかしいことに気がつく。

(もしかして、体調が悪いのかな?)

 フラフラとして、なにやら足取りが危なっかしい。時折、足を止めて倒れ込みそうになるのを、南波が抱き支えているほどだ。
 ただ、腹が立つことに、そんな彼女を彼らは心配するどころか、嘲笑っていた。
 その光景に、流石の僕もカチンッとくる。文句を言ってやろうと一歩を踏み出した。

――カラ、カラ、カラ……

 踏み出した足が、落ちていたなにかを蹴ってしまったようだ。
 ピンク色したウズラの卵大の物体が、通行人の間を抜けて、排水口にポトリっと落ちてしまう。
 慌てて周囲を見渡すけど、それを落とした人はいなさそうだ。

「――あッ、しまったッ」

 落とし物に気を取られて、南波たちを見失ってしまった。慌てて彼らがいたあたりまで急いだけど、もう影も形もない。
 その先は、繁華街に隣接したラブホテルが並ぶ一角で、流石に僕がうろつくには問題がありすぎて、完全に見失ってしまった。

(くそぉ、なんなんだよぉッ、誰か説明してくれよ)

 理解できない状況に出食わして、嫌な予感しかしない。
 不安に駆られて通話を試みるけど、何度もコールしても彼女がでることはなかった。
 次の日も諦めずに通話をするけど、それでも繋がらず、ならばと送ったメッセージにも反応がない。
 途方に暮れた僕は、お隣の心空家を訪ねてみると、ちょうど出掛ける彼女のお母さんである時子(ときこ)さんに出会えた。
 夫婦でカメラマンとして活躍していて、撮影のために頻繁に海外へとでていく。今回は欧州の世界遺産を中心にまわるらしく、先にヨーロッパにいる旦那さんに届ける機材を積めた大きなトランクを重そうに押していた。
 その荷物を運ぶのを手伝いながら、それとなくミカ姉のことを尋ねると、どうやら友達の家に泊まっているらしい。
 だけど、誰の家なのかまでは、時子さんも知らなかった。

(取り越し苦労で、僕の勘違いに違いない……)

 何度も自分に言い聞かせてみたけど、不安が消えることはなかった。




もし、読まれてお気に召しましたら
よかったら”拍手ボタン”を
押して下さいませ。


web拍手 by FC2