ボックス・パッカー −箱詰事件−

「ねぇ、箱詰事件って知っている?」

 そう言って隣で微笑むのは黒スーツ姿が良く似合うロシア人女性だった。
 大使館に勤める外交官ということだったが、宿泊しているホテルのバーラウンジで何度か顔を合わすうちに一緒にカクテルを飲み交わし、一夜をともにしていた。
 絹糸のような滑らかな白銀の髪をシーツに広げ、プライドの高さを感じさせる強い光を宿す金色の瞳に見つめられながら、潤い弾力ある肉厚の唇に重ね合わせて濃厚なキスを堪能した。
 透き通るような白い裸体もまた見事だった。肉感溢れるボディで四つん這い姿は、雪原を駆ける猛々しいロシア狼を連想させる。
 昼のクールでお硬いイメージとは裏腹に、夜は欲望に忠実な獣のような荒々しい交わりを愉しむ。
 目隠しや手首を縛ってのソフトなSMプレイ、アナルセックスも堪能して愉しい時間を共有していた。
 そうしてベッドに横たわり、余韻に浸りながら彼女が話してくれたのが先の話だった。

「突然、なんの話だい?」
「いえ、興味がなかったら、ごめんなさい。ふと思い出して……アメリカに赴任中に聞いたのだけど、あちらでは、"Box Packer"と呼ばれてる連続誘拐魔による事件よ」
「へぇ、興味はあるね、ぜひ聴かせて」

 事件が起きたのはニューヨークを中心とした東海岸の地区。被害に合ったのは様々な人種の若い女性、それも活発で社交的な美人に限られた。
 そんな女性らが誘拐されて、人気のない場所に連れ込まれ、衣服を剥ぎ取られて全裸にさせられる。

――勝てば解放してあげるよ

 そう言われて犯人と対峙させられる。時にはハンデとしてナイフや棍棒などの武器も与えられて戦いを強要する。
 その光景は犯人の視点カメラで終始中継され、ネットで公開されているから、持ち堪えればその間に助けが来る可能性もあるのも丁寧に説明され、抗うよう促す。
 対する犯人が使うのは、二十センチほどの極細な鍼だ。それをすれ違いざまに相手に刺すと、その部位が痺れて動かなくなるのだが、日本や中国での鍼炎治療に似ているが詳細は不明らしい。
 次々と美女の全身に鍼が刺され、徐々に動きを封じられていく。不思議なことにそれによる痛みはないが、わけも分からずに身体の自由が次々と奪われるのは恐怖だろう。
 どうやら犯人は、その恐怖に耐えられる気丈さをもった美女をターゲットに選んでいるのではと推測する者もいる。
 そうして徐々に獲物を弱らせ、完全に反抗する力を奪うとある物を取り出す。
 全面が強化樹脂でできた透明な箱だ。面によっては直径数センチほどの穴があるのが特徴だ。
 サイズはその時々で変わるが、だいだい相手の身長の三分の一……。

――そこまで言えば、その先も想像できるだろう。

 関節を次々と外された被害者の女性が折り畳まれ、その透明な箱の中へと窮屈に押し込まれていく。
 不思議なことに、被害者は関節を外されても苦痛を感じない。恐らく鍼による麻酔効果だろう、舌も麻痺されて叫ぶこともままならない状態で、自らが折り畳まれて箱詰めされるのを見ているしかない。
 そうして特殊な接着剤を使って最後の面で箱に蓋をすると、キューブ状に押し詰められた肉の塊のオブジェが完成する。
 醜悪なことに面に開けられた穴は女性の口や股間の秘部に合致する位置にあり、女性を性処理道具であるオナホール化しようという悪意を感じる。
 事実、被害者は箱詰めされた後はそのまま現場に残されるのだが、警察が配信された映像から現場に駆けつける間に、スラム街の住人たちによって犯されているケースが多発していた。
 被害者の多くが箱詰めされる恐怖と、その後に犯されたことで精神を病んでしまう。お陰で犯人への証言がほとんど得られないらしい。
 そうして捜査が進まないうちに、次々と被害者は増え続けて、婦人警官や女士官などを含む二十人を超えたあたりでパッタリと止む。
 犯人が死亡した、実は別件で逮捕されて刑務所に収容されている、いや国外逃亡したんだと数々の説が浮かんだが、いまだに足取りどころか犯人の実像すら掴めていないのが実情だった。

「……で、なぜ、その話を?」

 そう尋ねながらもすでに答えはわかっていた。
 すぐさま寝室の扉が蹴り破られて複数の武装した人間がなだれ込んでくる……はずだった。

「――ッ? なんで……」

 相変わらず静まり返った寝室で、激しく動揺する美女をみるのは実に気分が良かった。
 よほどこの計画に自信をもち、勝利を確信していたようだ。その目論見が外れた今は、プライドの高そうな美貌を青ざめさせている。
 隠していた拳銃を手にしようと動く。その首筋に瞬時に鍼を突き立て、全身を麻痺した彼女は床に崩れ落ちる。

「不思議かい? 武装した一団がホテルに入っているのを知ってたからね、仲間が事前に制圧してくれたよ」
「あ……うぅ……」
「キミの敗因は単独犯だと思い込んだこと、そしてこの国なら銃があれば簡単に制圧できると勘違いしていることだね」

 ちょうどタイミングを測ったように扉がノックされるとカートを押したベルボーイが入ってくる。
 彼もその協力者であり、私の芸術品を愛してくれる者だ。実際にこのホテルに勤務しており、不審な一団にいち早く対応できたのも彼のお陰だった。

「あぁ、キミから訊き出したいことがあるからね、もう少しお付き合いいただくよ」
「ひッ……ひひゃ……ひゃめ……」
「あぁ、やっぱり実にいい身体だねぇ、あとでたっぷりと愉しませてもらうよ」

 痛みを感じぬ彼女の関節を淡々と外していく。自分の身体があらぬ方向に向いていくのは想像以上に怖いものらしい。
 恐らく国家諜報機関に所属する工作員であろう彼女は恐怖に対する訓練を受けている。それでも、自らの身体に起こる変化を前に恐怖を隠せない。

(あぁ、その耐えきれずに崩壊していく様が、実に美味だよ)

 美貌を青ざめて涙まで浮かべてしまう憐れな姿にしばし酔いしれる。
 そんな甘美なひとときに浸っている脇では、ベルボーイの彼がカートで隠し入れた例の透明箱を取り出してくれていた。
 急な依頼にも関わらず、指示通りの寸法で造りも実に丁寧だ。
 私のつくる芸術作品には、こうした特殊な箱の制作だけではなく様々な協力が必要だった。
 活動資金の調達からはじまり、素材となる美女の発見、制作するアトリエの確保、警察はじめとした捜査機関の動きの監視などに対して、芸術を理解して協力を申し出てくれる者は実に多かった。
 そういう方々への感謝の証に、時々こうして事件として表面化しない作品での配信を協力者向けにすることにしていた。

「うぅ……ひゃふへ――うぐぅぅ」
「すまないが、道中は静かにしてて欲しいからね」

 綺麗に折り畳んだ彼女を箱の中にコンパクトに収納すると、口を塞ぐように喉奥まで特大ディルドウを押し込む。

「それでは僕は先にこれをアトリエに搬入しておきます」
「あぁ、頼みます。それと協力者向けの配信の準備もお願いしますね、配信通知のタイトルは……そうですね『ロシア系美人の尋問ターイム』としておきましょうか」
「わかりました……タイトルはアレなんで、そちらは適当にやっておきます」
「あ、そうですか……まぁ、お願いします」

 ベルボーイは一礼すると、箱詰めされた彼女を載せたカートを運び出していく。

「さてと……彼女からは、どうして身元を特定できたのかを聞き出さないとな……やれやれ、また顔を変えねばならないな」

 アメリカでは偶然、ターゲットに選んだ女性がロシア諜報員だった事がある。その女性と顔立ちが似ていることから、その関係者であろうと推測していた。
 そもそもアメリカを離れる契機になったのが、次期大統領候補の娘をターゲットにしたことだった。
 その結果、本腰を入れたFBIの捜査を煩わしいと感じて活動の場所をこの国に移した。

「さて、この国でも私の創作意欲を昂らせてくれる素敵な美女に出会えるといいね」

 身なりを整えてホテルを出ると、次なる芸術の素材を求めてネオンが消えぬ繁華街へと脚を向けた。





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