強者の定義 狙われた教壇のヴィーナス

【1】 這い寄る醜悪な欲望

 丘を登る緩やかな道路、その左右に立ち並ぶ街路樹の葉は一面黄色く染まり、ヒラヒラと舞い落ちる中、多くの白い制服を着た生徒たちが、その先にある学園を目指して元気に登校していく。
 そんな中に混じり、天羽 瑠華(あまは るか)も歩いていた。

カッツ……カッツ……カッツ……

 ブラックストライプのスカートスーツ姿で、背筋をピンと伸ばし、小気味よいリズムで靴の踵を鳴らし颯爽と歩いていく。
 そうすると、ショートヘアーの黒髪がサラサラと流れ、木々の合間から差し込む日差しを浴びた綺麗な光沢がキラキラと輝いた。
 
「天羽先生、おはようございまーす!!」
「ふふッ、おはようッ」

 そんな彼女に、生徒たちが元気に声をかけていくと、ニッコリと微笑み挨拶を返していく。
 そうすると、切れ長な瞳や整った顔立ちで凛とした雰囲気の表情から一転して慈愛に満ちた笑顔になる。
 その彼女の笑顔を、周囲の人々は惚れ惚れするように見つめていた。



 そんな瑠華の姿を、道端に止まったリムジンから覗く視線があった。

「うおーッ、何度見ても凄い美人だよなぁ、常磐(ときわ)」
「はい、将尊(まさたか)さま」

 外部カメラからモニターに映し出された瑠華の姿を、食い入るよう見つめる小太りでニキビ面の少年に対し、黒縁眼鏡をかけたクセ毛の少年は恭しく応えると、手元の資料を読み上げ始めた。
 
「天羽 瑠華、26歳。身長は168cm、バスト94(Gカップ)、ウエスト58、ヒップ90。名門である聖クリストファ学園に勤務する英語教師。共に教師だった父母は幼い頃に交通事故で既に他界しており、兄弟もなく天涯孤独の身。優秀な成績で奨学金を獲得し、有名大学に在籍時には、学園内のミスコンに4年連続で輝くと共に、合気道の全国大会で入賞した経歴を持ち、まさに文武両道、才色兼備という言葉がピッタリの女性です」

 そこまで読み上げると常磐は、チラッと自ら仕える少年をみるが、将尊と呼ばれた小太りの少年は画面に夢中で、彼の報告を聴いているかは怪しかった。
 だが、そんな態度を気にした様子もなく、常磐は続きを読み上げていく。

「学生時代にはモデル業界、各芸能プロダクションからの熱烈なスカウトがあったようですが、熱心な教育者だった両親の意志を継ぐと共に、自分の夢でもある教師になる道を選び、現在に至ります。学園内の評判も良好、男女問わず、生徒だけでなく同僚たちにも慕われています。そして、大学時代から交際している恋人から、先日、プロポーズされ密かに婚約したとの事です」
「こ、婚約だとぉーッ!!」

 それまで無関心だった将尊だったが、『婚約』という言葉を耳にした途端、グルッと贅肉がつきまくった首を廻し、常磐に血走った目を向けると、唾を撒き散らしながら狂ったように怒り狂い始めた。
 そんな将尊の姿に動じる様子も無く、ジッと常磐は落ち着くのを静かに待った。

「渡さねぇ! 渡さねぇぞ!! 瑠華は俺のもんだ!! 俺の所有物になるべくして存在している雌だッ!!」

 将尊はゼー、ゼーと息を乱しそう呟くと、血走った目でギロッとモニターに映る瑠華を睨みつけた。

「分かっているだろうな、常磐! いつものように拉致って俺の元へ連れて来い!! 俺の言う事をちゃんと聞いてれば、お前らにはジジィの所にいるよりもイイ想いをさせてやるからなッ! わかったかッ!!」
「はい、将尊さま」

 ヒヒヒッと嫌らしい笑い声を上げる将尊に対し、常磐は表情を変えずに恭しく頭を下げると、ゆっくりとドアノブを引き、ドアを開けた。
 いつのまにか車は音も無く移動しており、ドアを開けた目の前には、アーチ付きの大きな白い校門が佇み、その奥には白い時計塔を中心にガラスを多用した近代的な校舎が建ち並ぶ、聖クリストファ学園の姿があった。
 常磐に続き、将尊も気だるげにリムジンから降りる。2人とも学園の白を基調とした制服を着用しており、慣れた様子で徒歩で登校する生徒たちに混ざると、ゆっくりと校舎へと向かった。



「……They are not yet come back. But I have spoke With one that saw him die……」

 静まり返った教室で、瑠華は透き通るような声色で英文を読み上げていくと、生徒たちはうっとりした様子で、聞き惚れている。
 そうして読み上げながら、瑠華はカツカツと机の合間を歩いていくと、突然、ゾワっとうなじの肌が粟立つような嫌な感覚を受けた。

(ひッ……)

 つい身体が反射的に戦闘体勢に入ろうとするのだが、生徒たちが怪訝な表情で見上げているのに気が付き、慌てて朗読を再開した。
 
「あッ……ううんッ……To throw away the dearest thing……」

 朗読を再開しながら先ほどの感覚の原因を密かに探った。
 すると、予想通り、窓際の最後列席に座る小太りな男子生徒と目が合った。
 その生徒が、猩々緋 将尊(ほうじょうひ まさたか)だった。

 もう2学期も中盤という中途半端な時期に転校してきた生徒で、なんでも、祖父は戦後の混乱期に裸一貫から製造業を始め、今では赤ちゃんのオムツから軍艦まで扱う巨大企業体、猩々緋グループを作り上げた人物だという。
 その直系の孫という事だったが、小太りでニキビ顔、根暗そうな目つきの悪い目という外見もあって、転校当時、周囲の人間はどう彼に接するべきか困っていた。
 だが、一部の素行の悪い生徒たちがちょっかいを出した事で、事態は一変した。その場は、一緒に転校してきた常磐 颯二(ときわ そうじ)という生徒の手によって何事も起こらずにすんだが、その夜、ちょっかいを出した生徒全員が複数の暴漢に襲われ、意識不明の状態で病院に担ぎ込まれるという事件が起こった。
 それ以来、猩々緋 将尊に関わろうという人間はいなくなった。

 瑠華自身も、生徒を差別するのは良くないと、他の生徒と同様に接しようと努力したのだが、全身を舐めるように自分を見つめる彼の視線に、身体の方が先に拒絶反応を起こしていた。
 今も、視線が合った途端、ニタリと口元を歪める彼の姿に、ゾワゾワッと鳥肌が立ってしまう。
 でも、担任として彼を無視する訳にもいかず、教職者としての彼女はジレンマに陥っていた。



 その日、帰宅した瑠華は、急に海外出張が決まったと連絡をしてきた婚約者にその事を相談していた。

「それは困った問題だね。ウチの会社も猩々緋グループの系列だけど、親会社の2代目社長やその息子に関しては、いろいろ悪い噂を耳にするよ」
「例えば、どんな?」
「……それは……」

 電話越しの婚約者は、言うべきかどうか躊躇しているようだった。
 そんな相手の様子に、瑠華はあえて黙って待った。
 そして、悩んだ末に婚約者は、あくまで噂レベルだからと念を押してから語り始めた。

「猩々緋親子の周囲では、美人と評判の女性が暴行されたとか、拉致されたとか、犯罪まがいの黒い噂が絶えないらしい。それに、それらを金や権力を使って揉み消しているって話まである。もし、事実なら相当たちが悪いから、瑠華もくれぐれも気をつけてくれよ」

 心配そうに電話越しに語る婚約者に、瑠華は口元を綻ばせた。

「うふ、ありがとう。でも、安心して、私の強さを知ってるでしょ?」
「あぁ、もちろんだとも。夫婦喧嘩は最初から白旗を上げさせてもらうよ」
「あーッ! ひどいなぁ、もーッ」

 そんな婚約者の冗談に瑠華は拗ねて見せるのだが、すぐに2人して笑い合っていた。
 そして、そんな暗い話題を振り払うかのように、どちらともなく話題を変えると、出張のお土産の話から始まり、新婚旅行にどこ行こうかと、楽しく語り合い2人の夜はドンドンと更けていった。





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