年下の彼女はツインテール
【1】 告白する彼女はツインテール
「……先輩ッ!!」
特別教室への移動の為に渡り廊下を1人で歩いていると、突然、背後から呼び止められた。
部活も委員会もやってない俺に、年下の知り合いはいないはずだが、周囲を見渡しても、渡り廊下にいるのは俺しかいなかった。
怪訝に思いつつも、背後を振り返ると、そこに彼女は立っていた。
緑と白のセーラー服に黒のニーソックス姿の少女。襟元のリボンの色から判断すると、一年生だろう。
身長は150cm程度と低く、平均より高めの俺からすると見下ろすような小ささだ。
華奢な肩といい、寂しいほど真っ平らな胸元といい、スレンダーといえば聴こえが良いが、まだまだ甘味のない青い果実のような肢体は少女と呼ぶより、失礼だけどおもわず幼女と勘違いしそうになる代物だった。
小さな顔に、クリッとした大きく透き通るような黒い瞳は、凄く印象的で、細い眉を不安げに折り曲げ、頬を赤らめ、俺を見上げている。
少し茶色がかったクセのない長い髪はツインテールに纏められており、解けばお尻まで届きそうな長さで、それを見て、そういえば昔、この少女に似た女の子をどこかで見た記憶があるのを、うっすらと思い出した。それが、どこだったか思い出そうを記憶をまさぐっていると、目の前の少女が再び、口を開いた。
「せ、先輩ッ!!」
「あ、あぁ……ごめん、ごめん、で、なんだい?」
「あ、あ……あの……あの……」
「……ん?」
真っ赤な顔で口をパクパクさせる少女は、そこで一度俯き深呼吸をして気持ちを落ち着かせ始めた。
拳を握り締め、ひとり頷き気を引き締めると、先ほどよりも真っ赤になった顔で再び俺を見上げる。
そして、スーっと息を吸い込むと、目を瞑って叫んだ。
「わ、私と付き合って下しゃいッ!!」
(……あ、噛んだ……)
それが、そんなダメダメな彼女による初めての告白だった。
「……ただいまっと」
俺が1人暮らししている安アパートの鍵を開けて帰宅したのは、日がスッカリ暮れてからだった。
帰宅すると、途中のスーパーで特売していた食材を、テキパキと冷蔵庫に詰め込むかたわら、各品の賞味期限を冷蔵庫の扉に貼り付けたメモに書き込んでいく。
「おッ、タマゴは今日までに食べねぇとヤバイなぁ……他にはニンジン、ピーマン、冷や飯、炙りベーコンの残りっと……うん、今夜はオムライスだな」
今度は、夕食の食材を取り出し、均一のサイズに細かく刻んでいく。
そうして、夕食の用意をするのだが、高校入学からしている一人暮らし生活のお陰で、我ながら手馴れたものだ。
俺は物心つくまで全然気付かなかったが、両親はなんだかヤクザな商売をしているらしい。一箇所に留まる事を知らず、日本全国どころか時には海外まで忙しく飛び回る両親に小さい頃は一緒に連れ回されていたが、流石に両親もそれでは不味いと思ったのだろう。
高校に入る年齢になると、郊外にある周囲にコンビニすらない辺鄙な場所にあるこの安アパートに俺を押し込んで、地元の学校に通わせ始めた。
当初、両親の商売柄いろいろと敵が多いからと警護として強面の兄さん方をボディーガードとして周囲に張り付かせていた。幼少の頃からそれが当たり前だった俺はそれを平然と受け入れていたのだが、ある日、遠巻きに見る同級生の怯えた視線に気が付き、慌てて渋る両親を説き伏せて止めさせた。
今では、こうして表面上は人並みで平穏な生活を送れるようになったのだが、その時の事がすっかり噂になってしまい、俺の周囲には人が寄り付かなくなってしまった。
まぁ、それまで同年代の友達なんていない生活をしていたので、俺は特に気にもせず、ノンビリと一人暮らしを満喫していた。
――そんな友達すらろくにいない俺に、年下の女の子が告白してきた!!
表面上は平静を装って対応していたが、正直言うと内心は戸惑っていた。取り敢えず、返事を1週間の期限を切って保留させてもらい、こうして逃げ帰るように帰宅すると、動揺している心を落ち着かせる為に、習慣となった夕食の支度を開始した。
一心不乱に、食材を刻み終えると、今度は熱した鉄製のフライパンで炒める。ジューッという音と共にベーコンの脂が焼けるイイ香りが食欲をそそった。
ある程度、炒め終えるとレンジで暖めた冷や飯を投入し、ケチャップで味を調えながら混ぜ合わせていく。
そうして集中して調理している内に、俺の頭はようやく落ち着いてきた。
「なんで、俺なんだろうなぁ……」
隣のコンロに火を点け、別のフライパンを熱してバターを溶かすと、溶き卵を入れて手早くかき混ぜていく。
皿に持ったケチャップライスの上に包んだ半熟の卵を載せナイフで割ると、トロリとした卵がケチャップライスを覆い隠した。
「よっと、完成ーっと!!」
出来上がったオムライスを、よく冷えたウーロン茶と共にちゃぶ台へと運び込む。
「じゃぁ、いただきまーす」
スプーンで掬い取り、まさに口に放り込もうとした瞬間、携帯電話が着信を知らせた。
「……たくッ、誰だよ……って親父!?」
普段は俺の事なんてほったらかしの親父が連絡してくると、毎回ロクな事がないのを俺は一人暮らしの間に学んでいた。
だが、無視すると、それもそれで後々面倒なので、俺は溜息をつくと通話ボタンを押した。
『おう、元気してるか! 用件を手身近に言うぞッ。『手を出すな』……ホレ復唱しろ!!』
「な、なんだよ、藪から棒に……はぁ? 『手を出すな』?」
『そうだッ、それでいい! その代わり仕送りを増やしておくからなッ!!』
「――なッ!? ちょ、ちょっと待てって! 今でも多いって! おい! おいィ、オヤジ!!」
――プッ……ツー――
いつもながらセッカチな親父の訳のわからない内容の電話に、俺は慌ててリダイヤルする。
――お掛けになった電話は、現在通話のできないところにあるか、電源が……
「……少しは息子の話も聴けよなぁ……」
俺は携帯電話にぼやくと、大きく溜息をついた。
まあ、仕送りが増えるのは別に構わないんだが、元々すごい金額が毎月振り込まれていて、どうにもそれが危険手当のような香りがプンプンするので怖くて手が出せないでいた。だがら、その中から最低限の生活費だけ使って、それ以外は何かがあった時の為にと取っておいている。お陰で倹約生活に目覚めてしまい、密かな俺の楽しみなっていた。
そんな俺の日常だが、時々アパートの周囲では血糊を拭いたよな痕があったり、アパート1階の普段は誰も入らないような植え込みが派手に荒らされていたりしているし、この間なんて、寝ている間にドアの鍵が勝手に付け変わっていて、枕元に置いておいた小銭入れに付けた鍵までも新しいものに置き換わっていた。
そんな事が続き、あまりに気になって床下と天井裏を覗いてみたのだが、見渡す限りにびっしりと貼られたお札やら護符から十字架の書かれた紙に、思わず見なかった事にしてしまったぐらいだ。
俺の周囲では、そんな眉を顰めたくなるような事が、日常茶飯事に起こっていた。
その晩は、妙に寝苦しくって俺はどうにも寝付けないでいた。
すると深夜に、天井裏がどうにも騒がしくなった。
古いアパートなので、時々ネズミが走り回る音が聞こえたりするから、今晩もきっとそうなのだろう……そう思っていたのだが、やがてドスドスッと激しい音がしたかと思うと、押し殺した断末魔の声が低く響き、天井から俺の頬にネットリとした温かい物が垂れてきた。
(――なッ、なんだぁ?)
慌てて手の甲で拭うと、その液体は暗闇に更に真黒く映り、鉄臭い匂いが鼻についた。
(――まさか……血!?)
俺が、その独特なヌルっとする感触に戦慄を感じていると、ゴトリと押入れの奥で小さな音がなり、押入れの襖がゆっくりと静かに開き始めた。
咄嗟にガバッと布団の中から跳ね起きると、俺はガラリと襖を開けた。
「キャッ!!」
――ドゴッ!!
「――うぎゃッ!!」
押し入れの中にいた小さな人影は、予想外の事態に驚いたのか狭い押し入れの中で立ち上がろうとして、中板に派手な音を立てて頭部を打ち付けた。
「だ、大丈夫かよ、スゲー音がしたぞッ!!」
頭を抱えてフルフルと震えながら蹲る人影に、つい心配して声をかけてしまう。
「いたたた……だ、大丈夫れふ……って、あ、ありゃりゃ! みつかっちゃったぁ!!」
「えッ!? お、お前は!!」
暗闇の中、痛みで目尻に涙を浮かべなから俺を見上げたその顔は、紛れも無く昼間に告白してきた女の子だった。
「そっちこそ、大丈夫でしたか? すみません、もぅー、侵入者を倒したのはいいんだけど、血が垂れちゃって…… あッ! ほっぺについちゃってる! もぅ、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
彼女は、慌てたようにその場で正座すると、今度はペコペコと平謝りし始める。
「い、いいよ、あとで洗うから。それより何? その格好は?」
彼女は身体のラインが浮き出るほどピッタリとフィットした漆黒のレオタード型のスーツを着ており、腰にはガッチリしたベルトを嵌め、そこにいろんなツールを差していた。
「あ、あの、今まで先輩を人知れず護衛していた先任者が寿退職してしまったので、今度、私が担当することになりました」
そう言って、彼女は正座したまま、深々と頭を下げた。
「……はぁ?」
「じゃぁ、そういう事で!!」
そこまで勝手に言うと、彼女は再びペコリと頭を下げて襖を閉じる。
「お、おいッ!!」
慌てて声を掛けると閉めかけられた襖がピタリと止まり、少し開くと彼女が顔を出した。
「あ、あの、お顔を忘れずに、洗っておいて下さいね?」
「あ……あぁ……」
思わず見惚れてしまうような笑顔でニッコリと微笑まれ、反射的に頷いてしまう。そんな俺の前で再び襖が閉じられると、天井裏をミシミシという音がゆっくりと遠ざかっていった。
「な、何なんだよ……」
突然の事態に暫し唖然としていた俺だった。
「まぁ、考えててもしょうがねぇか……」
肩の力を抜くと、洗面所で顔を洗って血を洗い流し、布団に血が垂れていないのを確かめてすぐに寝たのだった。
翌日、学校に登校すると、早速、俺は彼女に会って説明を求めた。
「あー、やっぱり説明は必要ですよねぇ……」
苦笑いを浮べる彼女だったが、意外にもスンナリと説明してくれた。
身寄りの無い子供を育てる施設で育った彼女は、幼いころ急にある機関に引き取られたらしい。
そこでは身体能力に優れた孤児を集めては、特殊な任務に就かせる為に様々な訓練を受けさせ、鍛え上げる組織だった。
彼女は幼い頃から実戦に出て、大人では怪しまれるような状況での要人警護等を担当してきた。
だが、戦闘能力は凄いがどうしてもドジが治らず、戦闘以外の任務はあるレベル以上の仕事には使ってもらえなかった。
そんな彼女であったが、今回、初めて犯罪シンジゲート間の抗争の引き金になりえる俺の極秘警護を単身で任された。
そして、昨晩も俺を拉致しようとした連中を撃退したのだが、ついつい頸椎を刺すつもりが頸動脈を刺してしまい、余計な血が出しまった……との事だった。
「死体は、サポートの仲間がちゃんと処分したので、安心してくださいね」
「安心って……あッ! まさか俺のアパートの周りって殺人事件だらけかぁ!?」
「うーん、表には出ませんから、気にしないでください」
「じゃあ、あの軒下にビッシリ貼られたお札の束と十字架シールは?」
「あぁ、ウチのボスが表の顔でお寺の住職してまして、参謀は牧師さんなんです。アレどっちも良く効くって評判で……だから先輩のところも出ないでしょ?」
「そ、そういう問題じゃねぇーよ!!」
ニコニコと凄い事を次々に告白され、俺は顔を引き攣らせた。
「ん? でも、前任者は人知れず俺を警護してたって昨夜は言ってたよなぁ……お前はイイのか?」
「……えッ!?」
「いや、こんなにベラベラ俺に説明してくれるのは、正直助かったけどさぁ」
それまで意気揚々と説明していた彼女だったが、俺の言葉に突然ハッとしたように我に返ると、見る見る顔色を青ざめさせた。
「先輩のお父様に引き続き、また、やっちゃったぁ……うぅぅ、まだ上司に絞られちゃう……」
ガックリと肩を落とし、ドンヨリした雰囲気を漂わせ始める。
「あん? なんでここで親父が出てくるんだ?」
「先輩に付く前は、先輩のお父様の警護サポートをしてたんです。そこでもドジやっちゃって……」
「親父と顔見知りなのかよ」
「えぇ、毎晩、晩酌のお供をして、可愛がって貰ってましたッ」
(隠密警護の任務中に対象者の晩酌のお供をしてどうすんだよッ!!)
喉まで出掛かったセリフを飲み込み、思わずこの少女の上司とやらの気持ちが痛いほどわかり、密かに溜息をついた。
「……で、そんなお前が、なんで告白してきたんだ?」
「先輩の警護に付くとお父様にお伝えいたら、『ぜひ、息子の友達になってやってくれ! どうせ友達が一人もいないだろうからよ!! ガハハッ!!!』と言われまして……」
「……あのクソ親父がぁ……」
「で、どうせなら、先輩とラブラブになれれば、もっと護衛しやすいかなぁ……と思ってぇ……」
真っ赤になった頬を押さえながらデレデレしだした彼女に、俺は思いっ切り溜息をつくと、とりあえず彼女が俺の護衛をする事を承諾した。
そして、その日から、妙に血生臭い俺の日常が始まったのだった。
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