年下の彼女はツインテール+(プラス)
【1】 初めての彼女はツインテール
「せーんぱいッ、おはようございまーす!!」
自宅である安アパートを出ると、元気で明るい挨拶が俺を出迎えた。
そちらを向くと、緑と白のセーラー服に黒のニーソックス姿のツインテールの少女が目をキラキラさせながら笑顔で立っていた。
「お、おぅ! お、おはよう」
その笑顔を見た途端、俺は昨夜の拘束具姿を思い出してしまい顔がカーッと熱くなる。
(昨夜はドタバタしてて麻痺してたけど……生身の女の子の秘部をみちまったんだよなぁ)
気まずくなり、つい視線を彼女から逸らしてしまう。すると、それに気付いた彼女はその度に、ツーっとその視線の先へと移動する。
「なんで目を逸らすんですか?」
「あ……いや、あの……」
「あー、男たちに散々陵辱されて穢れた女の子なんて、見てられない……」
「――そんな事はねぇ!!」
俺は彼女の言葉を即座に遮り、否定する。
真剣な目で見つめる俺に、彼女はビックリしたように目を見開いたが、すぐにニッコリと微笑んだ。
「ありがとうございます……先輩」
(……えッ)
その笑顔は、憂いを含んだ妙に大人びた笑みで、俺は思わずドキリとしてしまった。
でも、それが見えたのは、ほんの一瞬で、すぐに彼女はいつもの屈託のない笑顔に戻った。
「と、ところで……俺は、お前の事をなんて呼べばいい?」
「はい?」
「いや、だから……俺たちは付き合う事にしたんだから、こういう場合は、どう呼べばいいのか……ワリィ、正直、彼女なんて初めてで、よく分からねぇんだ」
見栄を張ってもロクな事にならないから、俺は素直に白状した。
「あははは、実は私も彼氏なんて始めてなんです。じゃぁ、2人っきりの時は”ノノ”でお願いします」
「へッ?……でも、確か名前は……」
「あぁ、アレはウチのボスがつけた偽名です。戸籍は抹消されているので、本来、私は名無しな存在なんですよ」
そういって困ったように彼女は笑った。
「”ノノ”は、昔、ある人に付けてもらった愛称なんですけど、凄く気に入ってるので、先輩にはそっちで呼んで欲しいかなぁ……と」
「あ、あぁ、わかった」
俺の返事を聞いた途端、ノノはパッと明るい笑顔に戻る。そんな彼女を見つめながら、俺は記憶の縁に引っ掛かるものを感じたのだが、それが何なのか思い出せずにいた。
「じゃぁ、行きましょう、先輩ッ! 急がないと遅刻ですよ!!」
「俺は先輩のままかよッ!!」
「うーん、今はまだ、先輩って呼ばせてくださいッ」
俺の手を引きながら、彼女は振り返ってニッコリと微笑んだ。その眩しいばかりの笑顔に、俺は肩を竦めると、口元を綻ばせるのだった。
そんな感じで、俺はノノと付き合い始めたのだが、改めて彼女を観察すると色々と分かってきた。
ノノはドジではあるが、運動神経が悪いわけではなかった。学校で体育の授業などではずば抜けた身体能力を見せるし、俺の警護での戦闘では屈強な男たちを翻弄し、軽々と投げ飛ばしては簡単に刺殺していくほどだった。
だが、どうも気が緩むとドジが発動するらしく、日常生活では危なっかしい事この上なく、特に俺の目の前ではそれが顕著に出るようで、いつも俺をヒヤヒヤさせるのだった。
「ひぇんふぁい、こへ、おいひぃれふ」
「コラコラ、喋るか食べるかどっちかにしろッ」
昼休みに、俺たちは木陰のある校庭端の芝生の上に一緒に座り、昼食をとっていた。
俺の作ってきた弁当のオカズを、ノノは口いっぱいに頬張りながら、大きくて澄んだ瞳を感動の涙でキラキラさせているのだが、そんな彼女に俺は苦笑いを浮べた。
隠密警護ならぬ密接警護と称して、ノノは四六時中、身体が空いていれば常に俺に張り付いていた。当初は奇異の目で見ていたクラスメートたちも今では慣れた様子で、ノノに手を引かれて連れ出されていく俺を、微笑ましそうに見ているぐらいだった。
まぁ、そうやって警護してても、彼女がちょっと目を放しただけで、すぐに厳ついお兄さん方が俺をエスコートしようとやってくる。そんな時もノノは颯爽と現れては、ドジッ子とは思えぬ戦闘能力で彼らをなぎ倒し俺を助けてくれるのだった。
「なぁ、ちょっと聞いていいか?」
「ふぁい? なんれふか?」
「……すまん、食べ終わってからにしよう」
リスが頬袋に木の実を溜め込むかの如く、頬を食べ物で膨らませながら嬉しそうに俺の作った弁当を食べてくれるノノに、俺は口元を綻ばせる。
「ふみまへん……うぐッ! むぐぅぅッ」
「おいおい、ゆっくりでいいから、ほらお茶ッ」
急いで食べようとして喉にオカズを詰まらせるノノに、俺は慣れた手付きでお茶を差し出す。
「ぷはーッ、満腹です。本日も先輩のお弁当は美味しゅうございましたッ!!」
「ノノは、なんでも美味しそうに食べてくれるから、作りがいがあるよ」
「だって、彼氏の手料理を食べるのが夢だったんですもんッ」
「普通……逆だけどな」
グッと拳を握り締め、熱く語るノノに、俺は苦笑いを浮べた。
まぁ、一度、彼女に台所を貸してみたのだが、危なっかしくって見ていられず、すぐに俺と交代させた経緯があるので、今更どうこう言う気もなかったし、いつも助けてもらっている、せめてもの恩返しでもあった。
「そういえば、聞きたい事ってなんですか?」
「あぁ、そうだった。いや、なんで俺ってこんなに狙われているのか、知っておきたくってな」
「あぁ、それですか、てっきり私の……」
「……ノノのなんだ?」
「いえいえ、それじゃ……簡単ですが私の知っている範囲でお答えしますね」
一瞬、なにか残念そうな表情を浮べたノノだったが、すぐにいつのも笑顔に戻って俺に説明をしてくれた。
それによると、裏社会は大きく分けて5つのシンジゲートによって、長らくパワーバランスが保たれていたのだが、近年、親父の率いる組織が新興勢力として台頭してきて、そのバランスを脅かしているらしい。
当初は潰そうとしていた各シンジゲートだったが、親父の組織がどんどん大きくなるに従い、それを取り込むことで一気にパワーバランスを覆してしまおうという方針に切り替えて、接触を繰り返してきた。
そんな彼ら対して親父は……
―― 俺の跡継ぎである息子に、ウンと言わせた所となら考えてやるッ!! ――
……とのたまったそうだ。
「何を考えてやがるんだ……あのクソ親父めぇ! というか、組織の跡継ぎなんて聞いてねぇぞ!!」
「きっと周りを振り回して、楽しんでるんじゃないかと思います」
「ありえるなぁ……でも、なんでノノの機関が俺を守ってるんだ?」
「機関としては、一極支配よりも、複数のシンジゲートで潰し合いをしてくれてる方がバランスをとりやすいんです。その機関の基本方針を知っていたお父様が、ウチのボスとなにやら取引をしたらしい……とだけ聞いてます」
そこまで話すと、ノノは急に口元を綻ばせた。
「でも……そのお陰で、こうして先輩に――会えたんだから、私は感謝してるんですよッ」
「お、おぅ……」
嬉しそうに俺を見上げるノノの笑顔に、俺はドキッとしてしまう。
熱く潤んだ瞳に俺を映し、薄く開かれた唇にはリップを塗ってるのか、それが急に艶っぽく感じられて、俺の心臓の鼓動がドンドンと早くなっていく。
「先輩……」
ノノが瞼をゆっくりと閉じ、唇を差し出してくると、俺の理性はアッサリと降伏した。
彼女の下顎に手を沿え上げさせると、俺はゆっくりと唇を近づけていく。
すると、ノノが緊張で身体を僅かに震わせ、息遣いを乱しているのに気付き、彼女の事がより愛おしく感じられた。
「ノノ……」
彼女の名を囁き唇を更に近づける。
そして2つの唇が重なり合うその瞬間、俺の胸元で携帯電話が激しい振動と共に着信を知らせた。
「――うぉッ!! だ、誰だよ……お、親父ッ!?」
液晶画面に表示されている親父の名に、何か監視でもされているのではないかと、慌ててノノから離れるとキョロキョロと周囲を見渡す。だが、それらしい人影を見つけられず、動揺が収まらぬまま俺は着信ボタンを押した。
「急になんだよッ!!」
『……何を焦っているんだ? まぁいい、ところで前に言った言葉……覚えてるか?』
「……『手を出すな』……だろ?」
『そうだ、わかってるならそれでイイ! 厄介なのがそっちに行ったからな、気を付けろよッ!!』
「ちょ、ちょっと待て! や、厄介なのってなんだよ!! おい! おいィ、オヤジ!!」
――プッ……ツー――
「…………」
毎度の事ながら、用件を言うだけ言ったら一方的に切る親父の電話に、怒りを通り越して眩暈を感じた。
だが、何かを忘れているような気がして、ハッとノノの方へと振り向くと、彼女は膝を抱えて座り込みこちらに背を向けていた。
「あの……ノノ……」
恐る恐る声を掛けると、ノノは肩越しにチラリとこちらを見るのだが、すぐにプイッと向こうを向いてしまう。
そんな拗ねた様子のノノに対して、俺は戸惑った。オロオロとしながら、必死に声をかけるも、彼女はツンと顔を背けてしまう。
「えーと、うーんっと……ダメだぁ! どうすればイイか俺にはわからねぇッ!!」
これまで恋人はおろか友達もろくにいなかった俺は、こういう時にどう対応すればいいのかわからずパニックを起こしていた。
ノノの後ろで頭を抱えて落ち込んでいると、それを見た彼女がプッと吹き出し笑い始めた。
「あははは、冗談ですよ、先輩ッ。怒ってませんから安心してくださいッ」
「え……」
「先輩って、いつも妙に冷静だから、少し困らせてみようかと思っただけですよ」
「ふー、よ、よかった……」
こちら振り向き、目尻に涙を浮かべながらにこやかに笑う彼女の顔を見て、俺はようやくホッと息を吐くと胸をなでおろした。
「でも、もし悪いと思っているのだったら、今夜の夕食に手作りプリンが付くと、ノノはとっても嬉しかったりしますッ」
「わかったわかった、2個でも3個でも好きなだけ作ってやるよ」
「そんなに食べたら豚さんになっちゃいますよ〜」
ノノの頭を撫でてやり、笑いながらそんなやり取りをする俺だったが、脳裏では先ほどの親父の言葉が妙に気になっていた。
だが、それはすぐに身を持って理解することとなるのだったが、その時は知る由もなかった。
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