年下の彼女はツインテール+(プラス)
【2】 動揺する彼女はツインテール
「ご馳走さまでした!!」
卓袱台の向こうで満足そうに手を合わせるノノの前には、食後のデザートである俺特製の手作りプリンの空カップが積まれていた。
「お粗末さまでした。結局、3個も食べてるじゃねぇか、豚さんはどこ行ったんだよ」
「えーッ、だって〜ぇ、先輩の作るプリン美味しいんだもんッ」
エヘヘッと照れ笑いを浮べるノノに苦笑いを浮べる俺だったが、見ていて気持ち良いぐらい美味しそうに食べてくれる彼女の姿は好きだった。
(とはいえ、改めて見ても凄腕のエージェント……には見えないよなぁ)
そばにあった大きなゴマアザラシ型のクッションを抱えて幸せそうにゴロゴロし始めたノノの姿に俺は肩を竦めると、食べ終わった食器をまとめて台所へと持っていく。
ここ数年は独りで食べる夕食に慣れてしまっていたせいか、こうして誰かと過ごす日常が俺には凄く新鮮に感じられていた。
「まぁ、ホントなら殺伐としている……ハズなんだけどな」
本来なら、厳つい兄ちゃん連中に付け狙われる日々で、もっとゲンナリしているハズなのだが、ノノのお陰でそんな日々も楽しく過ごしている。
水の張ったシンクに汚れた食器を漬け終えて俺は台所でひとり口元を綻ばせると、洗剤をつけたスポンジで食器を洗い始めた。
――ピンポーン〜♪
そうして俺が食器を洗っていると、玄関の呼び鈴の電子音が鳴った。
「あ、私がでまーすッ」
手の離せない俺に代わってノノが玄関先に出て、ドアのチェーンを外し扉を開く。
無用心のように見えるが、ノノは殺気を異様なほど敏感に察知するので、来訪者に危険はないと判断したのだろう。
だが、そんな彼女は扉を開けた状態で、なぜか固まってしまっていた。
「宅急便屋さんか何かかい?」
濡れた手を拭きながら俺も玄関へと顔を出すと、そこにはひとりの少女が立っていた。
玄関先に立っていたのは、金髪碧眼の美少女だった。
白を基調とした上品そうなワンピースに、幅広の白い帽子を被ったお嬢様然とした少女で、俺の姿を見つけると嬉しそうな表情を浮かべて、帽子を脱いでペコリと頭を下げた。
「こんばんは」
「あ、こんばんは……」
フワッとなびいたクセのないサラサラの長い金髪が玄関の照明を浴びてキラキラと輝く。
「えーと……どちらさんで?」
戸惑いながら俺が声を掛けると、目の前の少女の顔が一瞬だけ強張ったような気がしたが、すぐに元の柔和な表情へと戻った。
「……?」
「あ、すみません。私、ブレーダ……ヴォレットと申しますわ。ブレダとお呼び下さいな、モーレ」
流暢な日本語でブレダと名乗った少女は、俺に向かってニッコリと微笑んだ。
その笑顔があまりにも魅力的で、思わずドキッとしてしまう俺だったが、それと共に目の前の少女に何か懐かしい物を感じていた。それが何なのか記憶を探るのだが、俺は思い出せずにいた。
(最近、こういう事が多いなぁ……もうボケたのか?)
「――コホンッ」
何かを思い出せずスッキリしないでいる俺に、目の前のブレダがワザとらしい可愛い咳をした。
「この国では、遠路はるばる尋ねてきた客人を、玄関先で立たせておく習慣でもあるのですか?」
目の前の少女はそう言って、再び、ニッコリと上品そうに微笑むのだが、彼女には人を従わせる強いなにかを俺は感じた。
困った俺は意見を聞こうとノノの方を見ると、彼女は珍しく難しそうな表情を浮べていたのだが、俺の視線に気付くと黙って頷いた。
「じゃぁ……狭い家だけど、どうぞ」
「はい、夜分に申し訳ありません」
俺が入室を促すとブレダは靴を脱いで、人が入りそうなぐらい大きなトランクを引き摺りながら、居間の卓袱台の前へとチョコンと正座して座る。
「ごめんなさい。空港から直行したものだから大荷物で恥ずかしいですわ」
「……はぁ、ブレダさんはどちらから?」
俺は日本茶を差し出して尋ねると共に、密かに目の前の少女を観察した。
年は俺と同じぐらいだろうか、スラッとした四肢にメリハリの効いたプロポーションの少女で、その見事な胸元には知らず知らずのうちに目がいきそうになる。
お上品な令嬢といった雰囲気でありながら、時折、俺に対して見せる笑みの中に大人の女性のような妖艶さを感じ、内心ドギマギさせられ続けていた。
「……ブレダ」
「……はい?」
思わず見惚れてしまっていた俺に、彼女はニッコリと微笑みながら口を開いた。
「ですから、『ブレダさん』ではなく、『ブレダ』とお呼び下さいな、モーレ」
「あ……は、はい……」
目の前の少女はニッコリと微笑んでいるだけなのに、なぜか強烈なプレッシャーを感じて俺の頬を冷や汗がツーッと伝った。
「ところで……さっきから気になっているんだけど……モーレて?」
「正確にはアモーレ……イタリア人が使う……恋人への愛称ですッ」
俺の素朴な疑問に対して、それまで黙って横に座っていたノノがボソリと呟いた。
「……へッ?」
慌ててノノを覗き見ると、彼女は殺気こそ放っていなかったが目が据わった状態でジッとブレダを見つめているではないか。
「あら、そんな怖い目で見られると、ブレダは困ってしまいますわ」
対するブレダはノノのそんな視線を受けても、平然と笑みを浮べている。
だが、そんな風に自然体に見える彼女に、まったく隙がない事に俺は気が付いていた。
「ノノは、ブレダの事を知っているのか?」
「えぇ、お会いしたのは、これで……2度目……ですけど……お昼にお話した5大シンジゲート。そのひとつであるイタリア系組織のボスの一人娘……それが、この方です」
「……えッ?」
ノノの説明に、改めてブレダに視線を向けると、なぜか彼女は照れたように頬を赤らめた。
「いやです。そんなに見つめられたら恥ずかしいですわ」
落ち着かなさそうにブレダはモジモジと身体を動かすと、彼女の豊かな胸元がユサユサと揺れる。その光景に思わず目のやり場に困った俺は、顔を赤らめると慌てて視線を外した。
「な、なんで……そんな人が、こんな夜中に俺の所に来てるんだ?」
「簡単な事ですわよ。愛しい婚約者に変な虫がついたと聞けば、黙っていられるほど、私もお淑やかではありませんわ」
「――なッ!? こ、婚約者って……俺の事か!?」
「あら、お父様から聞いておりませんか? といっても、子供の頃の親同士の口約束……いわゆる許婚ですけどね」
ブレダはそう言って苦笑いを浮べるのだが、彼女の潤んだ瞳はジッと俺に熱い視線を送ってくる。
(……あ、あの……クソ親父がぁぁッ! どうせ、すっかり忘れてやがったなッ!!)
ブレダの熱い眼差しを受け戸惑いながら、俺の中で親父に対する殺意が芽生え始めていた。
そんな俺の袖が不意にクイッと引かれる。ハッとして慌てて視線を向けると、ノノの小さな手が俺の服を掴んでいた。
毅然とした態度でノノは視線をブレダに向けたままだが、俺を掴むその手が僅かに不安そうに震えているのに気が付いた。
(あぁ、そうか……動揺が表に出ないように……だから、ノノはずっと黙っていたのか……)
そんな内心の動揺を表に出さず、気丈に振舞っているノノが俺には無性に愛おしく感じられた。
(大丈夫だよ……ノノ……)
ノノの手をそっと握ってやると、緊張していた彼女の身体からホッとしたように力が抜けるのが伝わってきた。
俺達は卓袱台の下で指を絡め合うと、ギュッとお互いの手を握り合う。
そんな俺達を、目の前のブレダは柔和な表情を浮べたまま、ジッと静かに見つめていた。
Copyright(c) 2012 KUON All rights reserved.