年下の彼女はツインテール+(プラス)
不安げな彼女はツインテール
「んー……コホンッ」
不安げにするノノの手を掴んだ俺の正面、卓袱台を挟んできちんと正座していたブレダが可愛らしい咳をした。
だけどその寸前に、俺の視界の隅にあった彼女の顔に一瞬だけ悲しんでるような怒っているような不可思議な表情が浮かんでいたように見えた。
ハッとして改めてブレダを見据えるのだけど、その時には西洋人形のように整った顔立ちに浮かんでいるのは、変わらぬにこやかな笑みだけで、先ほどの表情は気のせいだったのではと思わされる。でも、俺には今、彼女の浮かべている凄く綺麗な笑みが、なぜか悲しく感じられた。
その俺の表情をどう解釈したのか、ブレダは笑顔を納めると、どこか不安げに上目遣いに俺を見つめる。
「確認なのですが……それでは、私と……子供の時に1度だけお会いした事があるのも……やっぱり、覚えてらっしゃらないですわよね?」
恐る恐るといった風に俺に尋ねるブレダ。そんな彼女の期待に応えてやりいたいが、今の俺には無理だった。
「すまない。俺は小さい頃の記憶が曖昧で……」
俺は幼い頃に大きな事故に巻き込まれたらしく、その時の影響で昔の記憶が曖昧だった。
「……そうですか……」
「うッ……ご、ごめん……」
俺の言葉に目に見えて気落ちするブレダの姿に、すごい最悪感を感じてしまう。
「で、でも、なんかこぅ……キミとは、初めて会った気がしないんだよなッ」
気がつけば俺の口からは、大嫌いな軟派男のような台詞が出てしまっていた。だが、その言葉に偽りはなかった。ノノに初めて告白された時と同じような懐かしい感じを、今は目の前の女の子にも感じていた。
「それは、本当ですか!!」
それが伝わったのだろう。ブレダの表情がパッと輝いたかと思うと、ガバッと卓袱台の上へと身を乗り出して、俺の空いてる手をガッシリと掴んだ。
「えッ、あ、あぁ……」
落ち着き払ったお淑やかな雰囲気のブレダからは、予想してなかったアクションに俺はビックリさせられたのだが、キラキラと濡れた瞳を輝かせる彼女の様子と目の前で激しく揺れる大きな胸元に、思わず視線を泳がせながらカクカクと頷いていた。
その途端、彼女のその大きな碧い瞳から涙を溢れ出したかと思うと、ブワーと滝のような涙が溢れ出すのだった。
「え? えぇッ!?」
「えッ?……あッ、えっと……ご、ごめんなさい。つい嬉しかったから……」
驚いている俺の様子に気付き、ブレダはハッとしたように慌てて離れると、卓袱台の向こうで茹でタコのように顔を耳まで真っ赤に染めながら照れたように俯く。
それと共に、それまで緊張していたのだろう。彼女の身体からどこかホッとしたように力が抜けていくのがわかった。
「よかったですわ……今までの努力が無駄にならなくって」
ブレダは俯いてた顔を上げると、はにかんだ笑顔を俺に向けた。
それは、それまでの大人びた綺麗な微笑みではなかったけど、子供ぽいがとても可愛らしい笑顔で、俺にはそちらの方が何倍も魅力的に感じられた。
(……あれ?)
その笑顔を見た途端、霧のかかった記憶の中から、俺の手を引きながら走る幼い女の子の姿が浮かび上がる。
「これって……痛ッ」
すぐに白い霧の中に消えそうになるその姿を慌てて引き留めようとすると、ギリギリと激しい頭痛が俺を襲う。それでも、その記憶を引き出したく、俺は必死に足掻いた。
「せ、先輩ッ!?」
「だ、大丈夫ッ!?」
どのくらいの時間が経過してたのか、必死に呼びかけるノノとブレダの声で俺は現実に引き戻された。
「あぁ、ごめん。大丈夫だから……」
気が付けば額にビッシリと汗を浮かべており、ブレダを差し出してくれたハンカチでそれを拭うと、すっかり冷めた日本茶を飲み干して一息つく。
「ところで、さっき言っていた努力って?」
まだ不安げにしている彼女らを安心させる為に、俺は笑みを浮かべながらブレダに話題を振ると、彼女はチラッとノノに視線を向けて少し困った様子を見せつつ、ゆっくりと口を開いた。
「それはもちろん、貴方の婚約者として恥ずかしくないようですわ! その身を美しく、賢く、強くする為の鍛錬や、貴方の生まれた日本をより深く理解できるように日本語を含めて、文化や作法、その一般知識にいたるまで学びましたわ」
「それって……俺の為に?」
「えぇ、もちろんですわ! 貴方様を人生のパートナーとして支え、共に戦うに値する努力を私はしてきたつもりです。もちろん、父の組織を継いでもらえれば嬉しいですけど、もし敵対するのであれば、私は父でも撃ち殺す所存ですわ」
そう言ってブレダはニッコリと笑みを浮べる。
「ははは……そこまでは……」
最後の言葉は例え話……そう一瞬思った俺だったが、そう言った後の彼女の目がちっとも笑っていない事に俺は気が付いてしまう。
そしてその目のまま、ブレダの視線がゆっくりとノノへと向けられた。
「そういう事だから……エルフちゃん」
「あッ……うッ……わ、わかりました」
ブレダはノノの方へと身体ごと向け、聞き慣れない名で呼びかける。
その真摯な目で見つめられ戸惑うノノだったが、何かに気がついたように表情を引き締めるとブレダを見つめ返してコクリッと頷いた。
それに応えるように正座する膝の上に置かれていたブレダの両腕が、なにげない動作でゆっくりと上がる。気が付けば、その前に差し出した掌の中には、まるで魔法のように袖から飛び出した2丁の小型拳銃が収まっていた。
「えッ!? なッ!? やめ……」
ノノに向けられた2つの銃口。
それにハッとして思わず制止の声を掛けようとする俺をよそに、銃口はスーッと横に流れ窓の方へと火を噴いた。
――パ、パ、パ、パンッ
普段聞き慣れた銃声に比べると可愛らしい乾いた音が鳴り響く。その吐き出された薬莢が畳の上に落ちる時には、俺の横にいたノノは既に外へと飛び出していた。
「うぐッ!」
「ぐえッ!」
すぐに窓の外からは男たちの低い呻き声を次々と聞こえ始め、それにブレタが楽しげに口元を綻ばせると、スクッと立ち上がった。
「それでは、ちょっとお邪魔な方々を排除してきますので、少々お待ち下さいませ」
優雅に腰を落として俺にお辞儀をすると、彼女も脇に置いていたトランクから、いそいそとサプレッサー付きの拳銃2丁を手に取って颯爽と外へと飛び出していく。その途端、外から聞こえてくる呻き声が倍増していった。
「……あぁ……彼女も、同じ世界の子なんだなぁ」
残念なような、嬉しいような複雑な気持ちが俺の心に沸き起こる。
だが、それが過ぎると俺の口元は、なぜか綻んでいた。
「やれやれ、冷たい飲み物でも用意するか。確かキャンディの茶葉があったよなぁ」
激しい戦闘を終えて帰ってくる彼女らの為に、俺はアイスティでも作ろうと立ち上がると台所の方へと振り向く。すると、その目の前にはいつのまにか黒い人物が立っていた。
「――なッ!?」
その人物は、滑りのある光沢をまとったフード付きの黒いコートで全身を覆い、フードから出た顔も漆黒のガスマスクを被っており、頭の天辺から爪先まで真っ黒で、まるで黒い人影が立っているかのようだった。
―フシュ―……フシュ―……
気配をまったく感じさせずに僅かな呼吸音を立てながらジッと立っている目の前の異様な存在。まるで幽霊に出会ったかのように現実味が伴わず、わずかに思考が停止する。
だから、目の前の人物が手にしていたスプレーを顔面に向け、シュッと吹きかけるのに反応する事が遅れてしまった。
「――ッ!? しまっ……た……」
咄嗟に息を止めて顔を反らすのだが、間に合わず僅かに吸い込んでしまう。
途端に俺の視界はグニャリと歪み、全身から力が抜けて膝がガクリと落ちかかる。それを目の前の人物が素早く受け止めた。
(……ん?……あれ?)
相手の胸元に顔を押し付けるようにして崩れ落ちながら、俺は玄関から続々と新たな黒い人影が音もなく入ってくるのを見た。だが、既に指先を動かす事もできず、意識も徐々に遠のいていく俺に、どうする事も出来なかった。
新たに入ってきた人影たちによって、俺は顔にガスマスクを被せられて担ぎ上げられると屋外に運び出された。外は当たり一面が白い煙に覆われていて、その中に1台のトラックが停止している。その後部コンテナの扉が開き、俺は中に運び込まれると、設置されていたストレッチャーの上に降ろされてベルトで固定されていった。
(……ノノ……ブレダ……俺は……)
混濁する意識の中、俺はガスマスクの下、言葉にならない呟きを漏らした。
その途端、煙の中から激しい戦闘の気配が伝わり、凄い勢いでがこちらに近づいてくるのが伝わってきた。
だが、その気配もすぐ手前で足止めと食らったらしく、手間取っている間に、目の前のコンテナの扉がゆっくりと閉じられ、俺にはその気配を感じられなくなった。
そして振動でトラックが動き出したのを感じると、なんとか踏み止まっていた俺の意識もついに闇の中へと堕ちていくのであった。
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