ソール・トレーダー ― 中古奴隷もお取り扱いしております ―
【2】商品回収
翌日になって大物政治家である紀里谷氏が急死したとの緊急速報が各媒体に流された。
休日を自宅で家族とともに過ごしていたところ急に倒れた紀里谷氏は、都内の病院に緊急搬送されたものの、そのまま意識は戻らずに死亡した。死因は心不全と公表されていた。
それらは私と立河氏で打ち合わせしたシナリオに沿って用意された内容であって、死亡診断書などの手続きは私の方で処理していた。
予定通りの内容であるのをスマートフォンで確認すると、目の前のビルへと入っていく。
受付嬢に社長に取り次いでもらうようお願いするものの、アポイントメントがないと無理だと渋ってくる。
ならばと、紀里谷氏の名前を添えるようにお願いする。
――その効果はてきめんだった……
女社長、静流 香奈絵(しずる かなえ)が自ら迎えに来たのだ。
ショートヘアでオーダーメイドのスーツ姿がよく似合う大人の女性だ。落ち着いた物腰で、声を荒らげるようなタイプではない。理路整然と諭すクールな印象を受ける相手だ。
そんな彼女が血相を変えている姿に周囲の部下たちも驚きを隠せずにいる。しきりにこちらの様子をうかがってくる。
「早く、こちらへ」
周囲からの好奇の視線から逃れるようにして応接室へと案内される。
完全防音の室内で、テーブルを挟んで座る彼女は面白いほど動揺していた。
彼女は紀里谷氏が所有していた四匹の牝奴隷のひとりで、彼が会っていた一人目だった。
若き女実業家と世間に祭り上げられて一世を風靡してたところを彼のターゲットとされたらしい。
四人の中でもっとも奴隷歴が長い分、彼の洗礼も浴び続けていたことになる。
(随分と憔悴してるわね)
テレビのインタビューなどで常に自信に溢れていた姿をしるだけに、激しく動揺しているのが良くわかる。
どうやら先ほどの緊急速報で紀里谷氏の死去をはじめて知ったようだ。
彼と親しくしていた者だと知って、今にも泣きだしそうになっている。
「あの方とあれが最後になるなんて……」
肩を震わせて涙する姿に、ようやく納得がいった。
紀里谷氏は香奈絵を牝奴隷として飼う一方で、彼女の事業にも随分と出資していた。
一時期、巨額の詐欺事件に巻き込まれて会社が傾きかけた時も、裏から手をまわして密かに手助けしていたようだ。
私設秘書である立河氏の資料によって、それらを把握していた私だけど彼女も気付いていたようだ。
(彼の手助けは損失をださない為か、それとも気に入った女が弱るのを嫌ったか……真相は別にしても、好意として捉えることもできるか……)
憎らしく思いつつも、いつしか紀里谷氏に愛情に近い感情を抱いていたのだろう。
彼の死去によってそれを自覚させられ、大きな喪失感を味わっているようだ。
(商品がどんな感情を抱いてようが、私には関係ないけどね)
私は彼女に紀里谷氏との契約で死後の処理を任されていることを伝える。
彼の裏の顔であるサディストに関する一切の痕跡を処分する。それには彼が飼っていた牝奴隷も含まれていた。
「……なるほど、私はどこかに売られて世間から姿を消すのですね」
事態を正確に把握した上で、彼女は妙に悟りきった様子だった。
「それがあの方の遺言でもあるのですね……そう望まれたのでしたら、素直に従います。どうかよろしくお願いします」
清々しい表情でそう告げてくると深々と頭まで下げてくる。
これには少々驚かされた私は、彼女には逃亡や抵抗の気配がないことから、会社や身辺整理する時間を与えると後日に改めてその身柄を回収することを伝えた。
「あぁ、そういえば、ひとつ聞きたいのだけど……」
立ち去り際に思い出したように振り返った私は、紀里谷氏の最後の日ことを訪ねていた。
先ほども述べたように紀里谷氏との契約によってマンションの処分だけでなく、彼が飼っていた牝奴隷たちに対する対応も任されていた。
彼女らのように一度、主に仕えた奴隷は私の商社では中古品として扱っている。
(でも、この中古品っていうのが、なかなか扱いが難しいのよねぇ……)
お客様からのメリットとしては、一から調教する手間を省けるために価格が通常より低く抑えられていることだろう。初心者の方や多頭飼いをはじめたい方には手を出しやすい。
デメリットとしては、すでに他者の手垢がついている点だろう。前の主人の好みや嗜好が心身に刻まれている場合が多く、年齢も高めになることが多い。
(特に今回の場合は、紀里谷氏の好みで反抗心を残している点が難点だった)
それが原因で購入されたお客様に不利益でも生じれば粗悪品を売りつけたとなりかねない。私の信用、ましては今後の営業に大いに影響が出かねない事だった。
(そういう意味では、先ほどの静流 香奈絵は良い値を付けれそうだわね。年齢がややネックになるけど、その分は知名度があって、お金を稼ぎ出す有能な経営手腕はプラスになるわね)
紀里谷氏の死去でショックを受けている隙に再調教して従順に仕立てれば、十分に需要はありそうに感じる。
それに政治家である顧客の中には、大物政治家であった紀里谷氏を信奉している方も多い。彼が最後まで残した牝奴隷という点をアピールすれば興味を持ってくれそうな予感もある。
(昼は政治資金を生み出してくれて、裏切ることもない有能なブレイン、夜は牝奴隷としてあらゆる欲望を受け止めてくれる牝奴隷か……)
脳裏では早くも顧客リストから年上好みの若手議員をピックアップすると、その人物向けのプレゼン資料を組み立て始めていた。
香奈絵の会社が入っているビルを出た私は、いくつかの手配をすませるとそのまま足を伸ばして皇居の近くまで出向いていた。
とある公園でベンチを見つけると、遅い昼食として購入したコンビニのチリドックを頬張りながら、先ほど思いついたプレゼン資料をタブレットで作成していく。
ランチタイムにはサラリーマンで賑わう公園も、この時間には人影もほとんど見えず、集中して作業するにも好都合だった。
目の前にある堀では水鳥が優雅に泳ぎ、少し離れたところには直線的な外壁が特徴的な建物がみえる。
――最高裁判所
それが建物の名前だった。私がわざわざ出向いてきたのは、その建物が目的だった。
もちろん建物ではなく、そこにいる人物に用事があるのだった。
しばらくすると目的の人物が血相を変えて走ってくるのが見えた。
(あら、もう来たのね、予想よりも早いわね)
黒のスーツズボン姿で襟元に弁護士バッチがついている人物、涼野 真理愛(すずの まりあ)こそが紀里谷氏が最後まで飼っていた牝奴隷の二人目で、彼が最後に死ぬ寸前までプレイの相手をしていた人物でもある。
裁判所からここまで全速で走ってきたのだろう。目の前に到着した時には噴き出した汗がポタポタと滴り落ちるほどだった。
セミロングの髪をやや乱させて、スーツの上からでも隠し切れない豊かな胸元を激しく上下させている。
猫科の動物を連想させるアーモンド形の目が特徴的で、野性味を感じだせる顔立ちといい紀里谷氏が好みそうな女性だった。
ゼェゼェと息を乱している彼女が落ち着くまで、コンビニで一緒に買っておいたカフェオレを飲み干していく。
「あ、貴女が……藍川さんですか?」
「えぇ、すぐにお会いできて良かったわ」
「な、なにを……こ、こんなモノを送り付けておいてッ」
笑顔を浮かべる私に対して、震える手でスマホを握りしめていた彼女は、その画面を見せつけてくる。
そこにはメッセージアプリで私が送り付けた文面と一枚の画像が貼られていた。
――〇〇時までに指定の場所まで来なければ、添付した画像をゴシップ誌宛に転送します」
その画像というのが、卑猥な下着姿でポーズを取っている彼女の姿だった。
若手で優秀だと評判の美人弁護士である彼女が、普段は堅苦しいスーツで隠している豊満なボディを曝け出していた。
その身に着けているのは、まるで娼婦のようなに秘部を出しにした赤い下着だ。
股間の割れ目や乳房を隠すどころか?き出しにして、牝であるのを強烈にアピールしてくる。
その姿が自分の意思によるものではないのは、悔し気に睨みつけてくる目でわかるだろう。
恥辱に唇を震わせながら、それでもスラリと長い脚をガニ股に開き、両手は頭の後ろに組んで魅力的なボディを余すことなく見せている。
おかげで乳首と陰核で光る銀のリングがよく見える。リングピアスが彼女の敏感な箇所を貫いているのだった。
秘裂には深々とバイブレーターが挿入されており、激しく振動して溢れ出てくる愛液を飛び散らせていることから、彼女も感じているのがよくわかる。
「これが美人すぎる弁護士として有名な涼野 真理愛弁護士だとは驚きですわね」
「ぐッ……な、なにが目的なの、貴女ッ」
肩を震わせて睨みつけてくる姿に、これが紀里谷氏のお気に入りの表情かと納得する。
普段は涼しげな表情を浮かべて次々と相手を論破していく姿から想像もできないほど激しい感情を浮かべている。
自分だけしか拝めないその顔を前にして、彼は悦に浸っていたのだろう容易に想像できた。
「あぁ、私……申し遅れました、こういう者です」
脅してきた相手に名刺を差し出されるという予想外の行動でも、思わず反射的に両手で受け取るのは日頃の刷り込みによるものだろう。
そこに書かれた商社と私の名前を反芻するものの、やはり心当たりがないと眉を顰めてくる。
「この度、お亡くなりになった紀里谷氏と弊社はある契約を交わしておりまして、こうして彼のモノを回収しにうかがった次第です」
「……えッ、あの方の……でも、私……なにかを預かってませんよッ」
紀里谷氏の名前を聞いた途端、彼女はビクッと肩を震わせていた。彼によってシッカリと恐怖が刻まれている証拠だ。
それでいて悪を憎む弁護士らしく反抗心もシッカリもっている。すぐに気持ちを持ち直して警戒の姿勢を崩さない。
(実に紀里谷氏好みに仕上がっている。それはそれで持ち味あるし再調教するのは勿体ないわね)
現場に居合わせていた彼女は、ニュースが流れる前から彼の死去を知っていた。だからだろう、心の整理はできていて香里奈ほどの動揺は見えない。
拘束されていた為に彼が倒れた時に助けを呼べなかった。苦しむ彼を目の前にして見殺しにした良心の呵責が表情からうかがえる。
だけど、彼の死によって屈辱的な奴隷の身分から解放されたと安心していたようでもあり、無理に引き戻そうなら断固拒否しそうな様子を見せている。
これは先の香奈絵とは反対に時間を与えるのは得策ではないケースだった。弁護士という立場を利用して、なにか対策を打ってくると面倒だった。
(この子は再調教せずに、このまま売りに出そう。法廷で負かされた方々ならいい値で買ってくれそうだしね)
なにも答えずにいる私に不穏な空気を感じだのだろう。
全身をくまなく見つめて品定めする私の視線に、ようやく彼女も何を回収しに来たのかわかったようだ。
「い、いやよッ、やっと自由になれたのに……」
拒絶の姿勢を見せると後ずさりし始める。その顔には、この場さえの逃れられればなんとでもなると描いてある。
だけど、そう動くのはこちらも予測済み。後ろへ下がる彼女の背がドンとなにかにぶつかる。
「な、なんでこんな所に壁が……ひぃッ」
振り向いた先には二メートル近い巨漢の男が立っていた。
見上げれば顔のほとんどが髭で覆われている男の冷たい目が見下ろしている。
まるで立ち上がった熊のような迫力に呑まれて彼女の反応が一瞬だけ遅れた。それが彼女の命運を分けてしまう。
キャッチャーグローブのように大きく厚い手が、悲鳴を上げようとする真理愛に口を覆うように顔を掴む。
「むぐーッ」
咄嗟に引き?がそうと両手を使うけど、まるで万力で固定されたようにピクリともしない。
それどころか、そのまま片手で軽々と持ち上げられて彼女の足が地面から離れていく。
「んーッ、んん――ッ!!」
両手だけでなく両脚まで動員して抵抗をはじめるものの、まるで子供と大人の喧嘩だ。必死に抵抗を試みても相手にはダメージを与えられていない。
彼女には残念なことに周囲を見渡しても人目はない。この時間は人気がないのはリサーチ済みで、ベンチの位置も木陰に隠れて通りから確認できないのも計算ずくだ。
(まさか白昼堂々と襲われるとは思っていなかったようね)
この手の相手は警戒された時点で情報の漏洩と反抗される危険性も高まる。呼び出して反応をうかがったが、やはりこの場で回収するのが得策だと判断した私は、このまま彼女を連れ去ることにした。
協力者は熊野(くまの)といって裏の世界ではそれなりに名の知れている人物だった。私が商品の回収や搬送する際には、こうやって手伝ってくれているから重宝している。
「じゃぁ、予定通りによろしくね」
人を殺しそうな冷たい目でこちらをギロリと見てくる彼だが、別に睨みつけているわけではない。
無口で不器用で誤解されやすいけど、根はそう悪い人間でないのはよく知っている。
その背後からひょっこりと顔を出したのは、金髪でロン毛の小柄な少年だ。名は芹沢(せりざわ)といい、彼の相棒をしているアルバイトの子だ。
普段はバンドをやっているとかでチャラい印象だけど、仕事はまじめだし手先も器用だ。
今回のような回収作業も手慣れたもので、上手く熊野のサポートをしながら真理愛の抵抗を封じてその身を拘束していく。
「相変わらず手際が良いわね」
背後に揃えた両腕に粘着テープがグルグルと巻きつけられ、続いて両脚も同様に足首から巻かれていく。
さらに太もも、二の腕と上半身と巻き付けるテープを増やしていくともう抵抗らしい動きもできない状態だ。
地面に下ろされて口にスポンジボールを押し込まれると、吐き出せないようにそこにもテープで封じられた。
「んん――ッ!!」
用意しておいた専用の収納袋に爪先から入れられて、頭までシッカリと包み込んでいく。
寝袋のように内部は柔らかな素材で対象物を傷つけない配慮がされている。それでいて外装のベルトを次々と締め上げていくと完全に動きを封じてしまう代物だった。
大男に軽々と肩に担がれると、傍目には人が入っている風には見えない。なにかのロール材を搬送しているように見えてしまうのも巧妙だ。
無駄のない動きで作業を完了した二人の手際に関心していると、芹沢少年が嬉しそう反応する。
「貴方も随分と慣れてきたんじゃない」
「えへへ、アザース。バイト代も上げてもらったんっスよ」
褒められて目を細めて喜ぶ姿は尻尾をふる柴犬を連想させる。
バンドの活動資金を稼いでいるという話だけど、こちらの方が性に合っていそうだと個人的には思う。
どちらにしろ、見た目がどうであろうと彼が雇っているという時点で私も芹沢少年を信用していた。
「あぁ、そういえば頼まれてものです」
「仕事が早いわね」
手渡されたメモリーをしまい褒めると、エヘヘッと照れくさそうに頭を書いている。
それから思い出したように、チケットを二枚差し出してくる。
「あの、良かったらライブするんでチケットどうっスか?」
「もう、しょうがないわね。買ってあげるから早く行きなさいよ。置いていかれるわよ」
すでに真理愛を担いだ熊野はスタスタと歩いて裏手に止めたトラックに到達していた。
慌てて追いかけていく芹沢少年の姿にクスリと笑みを漏らしてしまう。
――クマノ精肉店
コンテナには可愛らしい熊のイラストとともに、そう描かれている。
表の顔では精肉工場を営んでている彼は、担いでいた荷物をコンテナに積み込むと最後にチラリと遠目に私を見てくる。
手を振って応えてみせるとプイッと顔を背けてしまう彼の反応に、つい苦笑いを浮かべてしまう。
「もぅ、相変わらず私には仏頂面しか見せてくれないのね」
そのまま走り去っていくトラックを見届けると、私も次の目的地へと向かう為に移動を開始した。
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