螺旋姦獄 奪われた僕の幼馴染み

【1】幼馴染み姉妹との日常

 ノックもなしに僕の部屋のドアが開け放たれて、元気な幼馴染みの声で安眠は終わりを告げた。

「こらぁ、早く起きないと遅刻するぞぉ」

 カーテンが開かれて眩しい初夏の陽射しに目を細めると、隣人でありクラスメートの最上最上 渚(もがみ なぎさ)が見下ろしていた。
 シャープな顔立ちと気の強そうなアーモンド型の目、スラリとしたモデル体型とポニーテールにまとめた艶やかな黒い長髪が特徴的で、渚が着ると凡庸なデザインのセーラー服も煌びやかに見えるから不思議だ。
 そんな彼女がなぜ僕を起こしにきているかというと、単身赴任中だった父親が怪我で入院したためだ。脚を骨折して動けない父親の世話に母親が出向いてしばらく留守になる。
 到着して早々にベッドから動けない父親を甲斐甲斐しく世話をしている母親の画像が送られてきて、父親が元気そうなのに安堵するとどもに、相変わらず新婚夫婦のような熱々ぶりに苦笑いを浮かべてしまった。
 だた、用意された生活費で自由気まままで自堕落な生活をできると期待していた僕のささやかな野望は叶わなかった。
 その行動を予測していた母親が、隣の最上姉妹に生活費を渡して僕の世話をお願いしていたからだ。その結果として、こうして渚が僕が遅刻しないように起こしにきているわけだった。

「……な、なに? ボクの顔になにかついてるの?」

 子供の頃は男たちに混ざってヤンチャしていた彼女も今ではすっかり女らしくなって学園での一、二位を競う美少女だと評判になっている。
 兄妹のように一緒に育った幼馴染みとしての特権で彼女のそばにいられるものの、その心地よいせいで密かに想う気持ちを告白できずにいた。
 子供の頃はショートカットにズボン姿で本当に男の子のようだったけど、髪を伸ばしてスカート姿でいる今の姿にその面影はない。 
 そうやって思わずジッと見惚れてしまっていた僕に、彼女は戸惑った様子をみせる。
 顔を赤らめてモジモジする姿に、ようやくこちらも状況を理解する。「な、なんでもないよッ」と誤魔化して赤面する顔を隠すように布団へと潜り込んだ。

「あ、あと、五分だけ寝させて……」
「そ、そう……って、そう言ってこの前は遅刻してたでしょうッ……もぅ、しょうがないなぁ、本当に五分だけだからねッ」

 そう言い残して彼女も逃げるようにして部屋を出ていった。
 なんだか言ってて、最後には僕のわがままを聞いてくれる幼馴染みだった。

「ふぅ、やばかった……」

 角度的にも彼女を見上げる位置にあったため、短くしたスカートからスラリと伸びる美脚を目の前にあった。

「ライトブルーだったな……」
 
 十代の身体は実に素直だ。垣間見えたショーツを思い出して僕の股間は元気になると寝間着のズボンに盛大にテントを張ってしまっている。
 窓から渚が自分の家にまで戻っていったのを確認すると、僕は慌てていきり立つ自分の息子を諫めるのだった。


 隣の最上家とは僕らが生まれる前から付き合いらしく、渚と姉の玲(あきら)さんとは姉弟のように育ってきた。
 小さい頃の渚も今とは違い引っ込み事案で、いつも不安そうに僕の手を握ってくるような性格だった。
 それが玲さんと僕と一緒に三人で空手を習い始めてから変わりだした。上達するに従って活発な性格に様変わりして、いつの間にかガキ大将になっていたから驚きだ。
 小柄なまま成長が止まった僕を横目に、スクスクと成長して身長も空手の腕もあっさりと抜かれてしまった。

「見てろよ、きっと強くなってやるから」

 渚より強くなるのを目標に頑張ってきた僕だけど、そんな彼女は中学になるとアッサリと空手を辞めてしまった。
 詳しい理由は教えてくれなかったけど、それからは髪を伸ばしはじめて、急にしおらしくなった。
 女の子らしくなっていく彼女に戸惑いながらも、ドキドキさせられた。いつしか渚を幼馴染みとしてではなく、ひとりの女性として意識するようになっていた。
 だけど、心地よい距離感が災いして、あと一歩を踏み出せずにいるのだった。

(渚のことを狙っているヤツも多そうだからな……)

 一緒に竜胆学園へと進学してからは渚の元には告白してくる者が後を絶たない。それまで幼馴染みの座に胡坐をかいていた僕はそれに大いに焦った。
 幸いなことに渚は全て断っているけど、その反面、世話焼き女房気取りで僕の側に常にいるものだから周囲からの妬みや嫉妬も半端ない。
 だけど、一度それを理由にして離れようとした時に、勝気な彼女が急に落ち込んだので何も言えなくなってしまった。
 そんな状態で付かず離れずで、あと一歩を踏み出せずにいる僕だった。

(……はぁ、なんとかしたいなぁ)

 煮え切らない僕の様子に、渚のお姉さんである玲さんは、温かく見守ってくれていた。
 通っていた空手道場で師範代にまでなっている彼女は、僕らが通う竜胆学園の体育教師でもあった。
 空手部の顧問もつとめて、入部した僕の稽古相手もしてくれている彼女は、いろいろと渚とのことも相談にのってくれる。
 ただ、妙に根性論的な発言も多くって、玉砕したら骨は拾ってあげるからと笑ってくるから参考にならない事も多い。
 そんな玲さんは僕にとって初恋の人でもあった。十歳近くも歳が離れていたので本気にしてもらえなかった、美人で強くて大人に見えた彼女に憧れたものだった。
 だから、そんな彼女にそう言われると心の隅で変な期待をしてしまう自分がいて密かに自己嫌悪に陥ることもあった。

(やばいッ、五分なんてとっくに過ぎてるッ)

 いきり勃つ股間をどうにか落ち着かせた僕は慌てて制服に着替えると、身だしなみも半ばに向かうのは中庭だ。両家を挟む中庭には垣根がなく共有空間になっており、そのまま最上家へと上がり込める造りになっている。
 渚の両親が交通事故で亡くなる前までは、この中庭で一緒にバーベキューをしたものでいろいろと懐かしい記憶が蘇ってくる。

(自分の子供のように僕を可愛がってくれて、優しい人たちだったなぁ……)

 だからか僕の両親も姉妹ふたりを自分の娘のように可愛がっている。
 父親は玲さんが結婚したらヴァージンロードを一緒に歩くのだと酒がはいるたびに語り、その晩酌の相手を玲さんがする。
 母親は渚と一緒に料理を作り、両家で一緒に食卓を囲む光景は本当の家族のようだった。
 庭から部屋に直接上がりこむと、仏壇で笑顔を浮かべる二人に手を合わせる。
 そうして、美味しそうな匂いが漂うリビングへと向かうと、そこには辛そうにテーブルに突っ伏している玲さんの姿があった。

「おはよう、玲さん」
「うぅッ……お、おはよう……」

 彼女は今にも消え入りそうな声で挨拶してくれる。それが響くのか頭を抱えて悶えていた。
 どうやら、昨夜も同僚たちと飲んで深酒をしてしまったようだ。お酒に弱いくせに誘われると断れず、ノリで飲んでしまうのは体育会系の人間の悪い癖だと思う。
 そんな情けない姿をさらす彼女だけど、僕らが通う学園で体育を教えている姿は実に格好いい。
 渚とよく似た顔立ちでキリリとした切れ長と目とボーイッシュな雰囲気のショートカットで、男子生徒だけでなく女子生徒からの人気も高い教師だった。
 空手部の顧問をつとめて道着姿で指導する凛々しい姿に、見学している一般生徒たちから黄色い声援が飛ばされるのも日常的な光景になっていた。
 そんな王子様のような顔立ちである玲さんは、欠かさぬ鍛錬で引き締まったボディは細身でありながらも大人の女性らしい丸みもしっかり帯びている。特にそのバストの膨らみは、厚い生地である道着の上からでも豊満さが把握できるほどのボリュームで、稽古をつけてもらいながら目のやり場に困ってしまう。
 そんな学園では非の打ちどころのなさそうな彼女だけど、実は家事が大の苦手だったりする。その結果、最上家の料理や洗濯などの家事全般を渚が全てこなしているのだった。

「また、飲み過ぎたんですか? 弱いんだから気を付けないとッ」
「うぅぅ、もう、お酒は飲まない……」

 キッチンから聞こえる小気味良い調理の音を聞きながら食卓に座ると、弱々しい玲さんの姿に声をかける。
 玲さんが竜胆学園に赴任してきた時には、まだ素行の悪い生徒がかなり多かったらしい。そういう連中が新任の美人教師にちょっかいを出すのは当然の流れで、それでひと悶着あったようだ。
 それ以外でも数々を武勇を重ねて今では学園の不良どもだけでなく、周囲地域のヤクザ者にも恐れられる存在になっていた。
 そんな勇ましい彼女とは真逆の姿に、つい口元を綻ばせていた。

「お姉ちゃん、毎回、それを言ってるよね。はい、二日酔いのクスリとウコンね」
「うぅ、ありがとう……」

 今にも死にそうな顔をしてる玲さんに渚は甲斐甲斐しく世話を焼いてくる。その一方で朝食を並べて、弁当の準備まで手際よく進めていく。
 その無駄のない動きは熟練の主婦のようで関心するしかない。両親が亡くなって玲さんがアレで必要に迫られたからと言うが、好きでなければこうも上達しないだろう。
 両親の不在で世話になってる僕の分まで弁当を用意してくれているのだから、美味しい料理を噛みしめながら密かに感謝している日々だった。

「お姉ちゃん、今日は会議でしょう? そろそろ出ないとマズイよ」
「……よーし、復活ぅぅッ」

 妹が用意してくれたクスリと気合いで本当に回復したらしく、先ほどまでのグロッキーな状態が嘘のように凛々しい姿を見せていた。
 そこには先ほどまでのダメダメな雰囲気はない。毎度のように思ってしまうが、この詐欺のような変貌には驚かされるばかりだ。
 時々、家でのだらしない姿を黄色い声援を上げている連中に見せつけたい衝動にかられることもあるけど、ひとまずこのギャップを楽しめるのも僕だけの特権にしている。

「それじゃ、先に行くからね。戸締りをよろしくッ」

 弁当箱を鞄につめて颯爽と出勤していく姿を見送りながら、僕らも朝食を取るのだった。


 僕らの通う竜胆学園は郊外に広々とした敷地を持ち、スポーツ推進校として県外にも有名な学校だった。
 だが、数年前までは不良たちの吹き溜まり校であり、少子化の影響で閉校寸前な状態であったらしい。
 それを婿養子として創業家に入った今の理事長が大胆なメスを入れた。
 どこからか資金を調達すると周囲の土地を買収して敷地を拡張するとともに、各部活用のグランドや練習施設を次々と建設していった。
 それに合わせて有力な選手をスカウトして有名なコーチも招聘していった。
 金にものを言わせた改革だったが、すぐに各運動部が大会で優秀な成績を残すような結果をだすようになる。
 古かった校舎も建て替え完了して、ますます勢いづいているのだから理事長はやり手なのだといえるだろう。

(わずか数年で入学希望者が殺到する人気の学園に変貌させたのだから凄いよなぁ)

 僕らが入学した去年から文化系の部活にもテコ入れしはじめたらしく、入学したての渚も演劇部にスカウトされていた。
 そうして一年ながらにしてヒロイン役に抜擢されたのだけど、その役というのが男装するわかり、当初は渚も激しく嫌がっていた。
 脚本家でありスカウトした当人である柳田先輩は僕に目をつけ、渚の説得をするように頼んできた。
 すると、呆気ないほど機嫌を直した彼女は、懸命に練習に取り組み見事に大きな大会でグランプリを勝ち取ってみせたのだった。
 それをたまたま鑑賞していた出資者がえらく気に入ったらしい。すぐに多額の寄付で演劇部用に別館まで建造する入れ込みようで、理事長が文科系の部活をテコ入れする契機となったのだった。
 今度、演劇のコーチまで雇い入れるとの話もあがっているので、理事長の本気度もうかがえる。、

(僕も負けていられないな)

 新たに演劇を頑張る渚の姿に、僕も空手部で玲さんがしごかれる日々を過ごしていた。
 この空手部も僕らが入学する前まで素行の悪い生徒たちのたまり場になっていた。
 新たに赴任してきた玲さんにちょっかいを出してきた連中は、あまつさえ彼女を暴行しようとしてきたらしい。
 その時のことは教員らには箝口令がひかれているらしく詳しく話してくれない。だけど、大量の救急車によって運び出されていった空手部の部員たちが、そのまま退部して多くが転校していった事からも推測するのは容易だった。

(馬鹿な連中だよな……)

 僕や最上姉妹が通っていた道場は、大会に参加したり他流試合をしないがその筋には有名な武道場だった。
 その門下の多くが軍や警察の関係者ばかりで、教えているのもスポーツとはかけ離れた実戦的な技ばかりだ。
 急所を狙うのをタブーとはせず、如何に相手を打倒すかを突き詰めているような場所だ。

(警察の上層部にも弟子だった者が多く、当主には頭が上がらないとか言われてるし、改めて考えてもなんでそんな所に通ってたんだろうなぁ)

 渚の両親からの紹介で通いはじめた道場だった。強面の人も多いけど皆、いい人ばかりだった。
 そんな場所で師範代にまで昇りつめた玲さんだから、その実力の高さもうかがえるだろう。
 彼女がひったくり犯や痴漢を取り押さえている場面も僕は何度も見ていた。
 妹の渚も周囲から期待されていて、実際に僕よりも強かった。

「このままだと、僕の方が護られる立場になりそうだね」

 稽古で撃ち負けてそんな事を冗談交じりに渚に言ったのを覚えている。その後、彼女は急に道場を辞めてしまったのだった。

(まぁ、黙ってれば美人だし、お姫様役も似合っているよな……)

 大会での彼女の演技がなにやら評判になっているらしく、その記録映像はマニアの間では高値で売られているとの噂まで聞いている。
 渚が評価される事自体は自分のことのように嬉しかったが、男たちが邪な目でみるのは許せない。
 それは新たに部長に就任した柳田先輩も同意らしく、お互いに渚を守ろうと意気投合してすっかり親しくなっていた。


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