気高き心は砕かれて、欲望の昏き水底へと沈められる・2
【2】忍び寄る魔の手
「なに? こそこそと俺のことを嗅ぎまわっている警官がいるだとう?」
捜査を続けるクロエの行動は、すぐにロドリゲスの知ることになった。
一等地に建てられた豪勢な屋敷で愛妻であるアリシアとの逢瀬を終えた彼は、派手な柄のガウンを羽織り夜風を浴びながらグラスに注がれた琥珀色の美酒を味わう。
前ボスには、ルイザとアリシアという二人の娘がいた。
ロドリゲスの手によってボスと有力な幹部連中が一掃された際に運良くスラム街へと落ち延びていた姉妹は、組織に忍び込んでいた者の手引きもあって長年、捕らえることができなかった。
その一方で、姉のルイザは父親譲りのカリスマ性でスラム街の少年少女らをまとめ上げて愚連隊を組織すると、麻薬の売上金の強奪や施設を破壊などを繰り返して組織に無視できない損害を与えていた。
だが、生まれつき病弱だった妹のアリシアは長い逃亡生活でまともな治療も受けられずに、症状を悪化させていた。
ロドリゲスの奸計により二人が捕らえられると、密かに恋慕を抱いていた亡き母親の面影を感じさせるアリシアには、国一番の名医を呼び寄せて最高の治療によって彼女の病を完治させてみせた。
小まめに見舞いに訪れる彼にアリシアもいつしか心を許して、彼と恋仲になっていった。
その一方で組織に多大な損害を与えたルイザには凄惨な運命が待っていた。
妹の身の安全をチラつかせて絶対服従を誓わせると、どんな欲望にも応える下級奴隷娼婦として働かされて、その身で組織に与えた被害を賠償させられたのだ。
その悲惨な境遇によって徐々に精神を病んでいったルイザは、ついに麻薬にまで手を出して落ちぶれていった。
「俺を心から愛して尽くしてくれるアリシアには満足している……」
今や妻となったアリシアとの夫婦仲は円満だった。組織の運営も順調で、笑いの止まらぬほどの大金が毎日懐に転がり込んでくる。
だが、ロドリゲスが内包する暴力性だけは対処に困っていた。ボスとなった身では身軽に発散することもできず、当然のようにアリシアに向けるわけにもいかない。
そのため、その矛先を娼館に縛り付けておいたルイザで密かに欲望を満たするようになっていた。
体躯にも恵まれて、憎かった父親に似た眼差しをする彼女は、欲望のすべてをぶつけるには最高の相手であった。
ボスとして組織を運営する重圧によるストレスを発散するように、別荘に連れ込んだルイザを散々に犯し、いたぶり続けていたのだ。
その日も首を絞められて苦しむるルイザに愉悦を感じ、さらに苦しめようと浴槽の中に沈めた。
ゴボゴボと気泡を上げながら水面下で悶え苦しむ彼女の姿を見下ろしながら、ロドリゲスは強烈な締めつけをみせた膣洞を思う存分に犯し尽くしていった。
嗜虐欲に昂ぶるままにルイザを苦しめ犯し続けて、ついにはその膣奥へと白濁の精液を放ってみせる。
だが、気付けばルイザは瞳孔を開いたまま水中に漂い、ピクリとも動かなくなっていたのだ。
「くそぉ……どういうことだ……」
姉妹の中は険悪となり、今や姉に関心すらみせない妹のアリシアだが、それでも唯一残った肉親である。
彼女に事態が露見するのを恐れて密かに遺体を処分するよう手筈を整えたはずなのだが、どういう手違いかルイザの肉体はスラム街に放置されて、あまつさえ通報までされて警察の介入を許してしまった。
幸いにも地元警察はロドリゲスの組織と癒着しており、息のかかった刑事によって穏便に処理された。
スラム街で見つかった娼婦の死体などを気に留める者などおらず、このまま闇に葬られるはずだった。
それを嗅ぎまわっている者がいると聞き、ロドリゲスは苛立ちをみせていた。
「ほぅ、この女警官か……」
端末に送られてきた報告書に添付されていた映像が目に留まる。そこには中年の警察官とともにパトカーを乗り込む褐色肌の女性警察官の姿があった。
「クロエ……クロエ=ベラスコ=イバラか」
警察官の制服の上からもわかるグラマラスなボディ。そして、真っすぐに見つめる濁りなき眼差しにルイザとの共通点を見出すと、彼女の死に際に感じた興奮が沸々と蘇ってくる。
アリシア相手に精を放ったばかりだというのに、ガウンがムクムクと勃起してきた男根によって盛り上がってくる。
「おぉぅ、俺の身体も激しく反応しているぞ。よ、よし、この女はいつも通りにヤツに対応させろ。場所は俺の別荘がいいだろう。その様子を今回も密かに愉しませてもらう……ん? そこに誰かいるのか?」
背後に気配を感じてロドリゲスはテラスに設置されていた椅子から立ち上がる。
風ではためくレースのカーテンへと手を伸ばして、その後ろを覗き見る。
「むぅ、誰もいない……気のせいだったか?」
裏切りで成り上がったロドリゲスは、人を信用しない性分でもあった。警備の者は全て屋敷の外で、邸内にいるのは彼とアリシアのみだ。
「まさかな……」
病弱だったアリシアは、快調した今でもか細いままだ。それに体力もなく性欲が人一倍強いロドリゲスの相手で最後まで耐えられない。
今夜も彼の相手をしていて感じすぎて気を失う始末で、それだけが残念なところだった。
「まぁいい、まずは仕事を終わらせるぞ」
組織を乗っ取る時に有能だった人材を一掃したのが響いていた。
その結果、彼の周囲に残ったのは暴力だけが取り柄の無能な馬鹿者ばかりで、おのずと物事の決断は彼に委ねられることが多くなっていた。
組織が拡大するほどにその負担は大きくなっており、多忙すぎて最近では寝る間も欲しいほどだ。
それでもアリシアに求められれば夜の時間を多忙な隙間を縫って確保するあたり、彼女に対する惚れこみようは本物であるのだろう。
再び、席へと戻り部下たちに端末で指示を出し始めるロドリゲス。
それを盗み見ていた小柄な人影は、そっと物陰から抜け出すと寝室へと戻っていくのだった。
その後も捜査を続けていたクロエたちは、被害者の足取りをたどってロドリゲスの別荘に辿りついていた。
首都から離れて海岸沿いの道を抜ければ裕福層の別荘地が並ぶエリアにたどり着く。その中でもひときわ大きな屋敷がロドリゲスの別荘だった。
日本庭園まで備えた広い敷地をグルリと囲む高い塀と鉄柵の門を横目にしてパトカーを走らせる。
各所に設置された監視カメラが向けられるのを感じながら、海を見下ろすように崖の上に建てられた白亜の屋敷を観察していた。
「あぁ、くそぉ、ここまで来ちまいやがったよ、この馬鹿がッ」
「ちょっと、煙草を吸うなら窓ぐらい開けて下さいよ。なんですか、その臭いヤツ、目に染みるんですよ」
「地元産の銘柄も知らねぇのかよ、スラム街の住人ご愛用のヤツさ。連中と仲良くなるなら、一本でも懐に入れておけよ」
燻されそうなほどモクモクと充満する煙に咽ながら、クロエは窓を全開にする。
正直、煙草は百害あって一利なしと考える彼女は、その提案を聞き流す。
賄賂などなくとも行動で信頼を勝ち取ろうというのが彼女のスタンスなのだ。
その潔癖で若すぎる考えを見透かして鼻で笑うビセンテだが、その濁った眼差しは眩しいものを見るように細めて運転する相棒に向けられていた。
「……おい、お嬢ちゃん。そのままの速度で次の角を左に曲がれ」
「え、でも、まだ別荘での聞き込みが残って……」
「つけられているぞ、馬鹿ッ、振り向かずにミラーで見ろッ」
「――あッ、は、はいッ」
不審な黒いワゴン車が、いつのまに背後に張り付いていた。フロントガラスにもスモークが貼られて運転手の姿がすら確認できない。
その背後にも同型の車が二台が続いているのが見えており、ピッタリと後をつけてくるのが不気味だ。
「おいおい勘弁してくれよなぁ、厄介事は勘弁だぜ……くそぉ、こうなったら生きるか死ぬかだ、いいか? 曲がったらアクセル全開だ。死ぬ気で振り切れッ」
「は、はいッ」
指示通りにパトカーが角を曲がりきるとアクセルをベタ踏みにする。空転したタイヤから白煙をあげると、凄い勢いで車体が加速を開始する。
その行動をあらかじめ予測していたのか、追跡車も慌てた様子もなくすぐに加速してきた。
「ぜ、全然、振り切れないですよ」
「わかってる。こちらよりも大きくて重いはずなのに、カリカリにチューンしてやがる」
吸気した空気を圧縮してエンジンに送り込むスーパーチャージャー特有の音を響かせて、漆黒の車体がバックミラーいっぱいまで迫ってきた。
車は別荘から離れて海沿いの道に入っていた。ウネウネと蛇行する道路はエンジンのパワーだけでなく運転手の技量も試される。
その点では無駄な減速もせずに走り続けているクロエは合格点だろう。
ただ、相手がそれよりも高い技量なのが問題なのだ。
「くそぉ、このままじゃぁ逃げ切れんな……やるしかないのかよッ」
助手席にしがみつきながらビセンテは、懐の愛銃を握りしめる。だが、震える手の振動で銃口が定まるとも思えない。
それでも窓なら身体を乗り出して背後の車体を狙おうとする。
「せ、先輩、危ないッ」
「――うぉぉッ」
対向車がすれ違い、乗り出したビセンテの服を掠っていった。
思わず驚きで引き金を引いてしまい、偶然にも銃弾は追跡車のフロントガラスに直撃していた。
「おぉ、やったッ、当たったぞ……て、無傷かよ」
防弾仕様の強化ガラスらしく銃弾は虚しく跳ね返されていた。
当然、車体もタイヤもそれよりも頑丈な防弾仕様だろう。
「――くそぉッ」
「先輩ッ、シートベルトを締めて下さい。速度を上げますから、振り落とされますよ」
「馬鹿ッ、これ以上は……えぇぃ、しょうがない」
シートに肥満体を埋めてシートベルトが締められるの確認すると、クロエは首に下げている十字架ーーロザリオを握りしめて祈るとパトカーを再加速させる。
別荘地へと続く道で交通量も少ない道だ。それでも住人の車や配送のトラックはいる。
クリーニング店のトラックを避ければ、クラクションを鳴らす対向車のダンプカーが迫ってくる。
ギリギリで回避しながらもアクセルは踏みっぱなしなのは流石だろう。
ガタガタと震える車体、キュルキュルと悲鳴をあげるタイヤ。時折、ガードレールに車体側面をガリガリと擦りつけて火花が飛んでいる。
それでも崖下に車が飛び出さなかったのは、まさに奇跡だろう。
命の危機を何度も感じながら海岸線を走り抜けると、その奮闘の成果でクロエたちを追跡する車は一台になっていた。
「……や、やったッ、やりましたよ、先輩」
「あぁ、お前さん……海外留学に行ってたらしいが、ハリウッドに侵されて過ぎだな……次は、俺のいない時にカーチェイスをやってくれ」
クロエは首に下げたロザリオを手にして、感謝の言葉を添えて改めて祈った。
奇跡的な活躍を見せたクロエのドライビングテクニックだが、差を広げられたのはそこまでだった。
入り組んだ海岸線も終わりを迎えた。道は緩やかになって道幅も広がると黒いバンはマシンパワーにものを言わせて距離を一気につめくる。
「くそぉ、やべぇぞーー頭を下げろッ」
真横に入り込んできた車体のサイドドアがガラリと放たれると、車内にいたのは野戦服を着た三人の男たち。
それぞれの手には自動小銃が握られており、その銃口が一斉に火を吹いたのだ。
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