年下の彼女はツインテール エピソード1・リライト版

【1】舞い降りたエージェントは、告白する

 グォングォンとけたたましい音が鳴り響く中、暗闇にその少女はいた。
 非常灯のわずかな光が簡易な造りの椅子に横たわる小柄な身体を闇から浮き上がらせる。
 幼さを感じさせる顔立ちに、伸ばせば腰までありそうな長い栗色の髪。それをツインテールにまとめているのが印象的だ。
 身につける漆黒のボディスーツは身体にピッタリと張り付き、ボディラインをクッキリと浮き出させている。
 そのスレンダーな体躯を丸めた少女の小さな両手には一枚の写真で握られていた。
 クリリッとした大きな眼をキラキラと輝かせて、それをジッと凝視し続けているのだ。

「やっと、また会える……」

 そう呟いた途端、幼さを感じさせるが整った顔立ちがグニャリと崩れ、デヘヘッとだらしなく口元を緩ませた。
 周囲に人がいたら確実に引かれるような不気味な笑みだが、幸いなことに周囲には人の気配はなく、無造作に積まれたコンテナが並ぶだけだった。

――ブゥーッ

 突如、ブザー音とともに暗闇が今度は赤ランプで照らされる。
 すると、それまでリラックスしきっていた少女の表情は引き締まり、スクリと立ち上がって歩き出す。
 ゴーグルを装着するうごきに呼応するように、前方の床がゆっくりと口を開き出す。
 その向こうには月の光に照らされる雲海が広がり、その隙間からは夜の街の灯りがみえていた。
 高度一万メートルの上空を飛行する軍用輸送機。そのカーゴルームに立つ人影が、降下タイミングを知らせるランプの変化に合わせて機外へと身を躍りだした。

「今、行きますからねぇぇッ」

 少女の呟きは風切り音にかき消され、その姿もすぐに雲海の中へと消えていくのだった。


 この世界の裏側では、常に様々な魑魅魍魎たちが暗躍して凌ぎを削っていた。そこでの微妙なバランスが表の世界の平和を維持しているといえた。
 そのバランスを保つのを目的とした秘密組織がある。どの国家にも属さず、存在を知る者も少ない。
 その者らも、その秘密組織が、ただ”機関”とだけ呼ばれ、天秤をあしらったマークを使用していること。凄腕のエージェントを揃えて様々な揉め事に介入してくることしか知らない。
 なぜ、機関が裏世界の均衡を維持しようとしているのかも不明なのだ。
 そんな機関に所属するエージェントのひとりが突如、任務を放棄して逃亡する事件があった。
 その者は極東の島国で特別な護衛任務に就いていたが、寿退社をすると宣言して姿をくらませたのだ。
 勿論、秘密組織に寿退社を許す制度があるわけもなく、勝手にホイホイと辞めれる権利もエージェントに与えられてはいない。
 そちらの対応に追われるはめになる一方で、開いてしまった穴を埋めるべく新たな人員を差し向けるしかない。
 そこで送り出されたのは、欧州を中心に活動していた”エルフ”のコードネームを与えられていたエージェントだったのだ。


 まだ窓に多くの灯りがともるビルが建ち並ぶビジネス街、そこから離れて郊外へと向かえば閑静な住宅街が広がる。
 その中に広く暗闇に塗り潰された区画がある。周囲を広大な畑や果樹園で囲まれた中央にポツリと一軒のアパートが建っていた。
 古びた木造二階建ての昭和の香りが漂ってきそうなボロアパートだ。
 畳六畳の部屋が二間、簡易なガスコンロと流し台、一応はトイレと風呂もついている。
 最寄り駅からは遠く、買い物するにも商店街やスーパーは遠い。利点といえば家賃の安さと人気がないことでの静寂性だろうか。
 現在の住人はひとり、一人暮らしをする少年が一階に住んでるのみだった。その部屋もすでに就寝中なのか部屋の灯りは消えていた。

――そんなアパートに闇夜に紛れて忍び寄る男たちがいた……

 音を立てぬように離れたところで車から降りてきて、舗装もされていない畑道を歩いてきた彼らは、目だし帽で顔を隠すと緊張した様子で周囲を警戒する。
 それもそのはず、少し前に彼らの仲間たちが同様にボロアパートに襲撃をかけたのだが、その誰もが生きて帰らなかった。
 遠目で監視していた者の証言では、この畑を通って建物に近づいた瞬間、一斉に人も車両も細切れにされたというのだ。
 相手の姿も見えず肉片にされ、夜が明けるとその肉片はおろか、痕跡まで綺麗になくなっているというのだから、もはやオカルト話のようである。
 だが、他の組織でも同様の被害はでており、彼らの中では死神潜む領域と恐れられていた。

「ほ、本当に大丈夫なんだろうな……」

 リーダー格の男が目指し帽の舌で毒づく。
 なにやら有益な情報を仕入れてきたらしい兄貴分に先行部隊として、舎弟らとともに送り出されてきたのだ。
 その兄貴は後方で控える本隊から双眼鏡で様子をうかがっているはずだ。
 小狡く、見栄っ張りなくせに肝っ玉は小さい男だ、安全だとわかるまで前線まで出ようともしない。
 そのくせ、俺が無事を確認したらシャシャリ出てきて手柄を独り占めしようという魂胆なのは見え見えだった。

「くそぉ、ドサクサに紛れて誰か殺してくれねぇかなぁ」

 そうやって男が悪態をついているのは恐怖を忘れるためだった。
 暴力で成り上がってきた男は、ビビっている姿を舎弟たちに見られてナメられたくはないのだ。
 早々に目出し帽を被っておいたのも正解だった。彼の虚勢は一応の成功をみせていたし、露出する肌を減らしたことで月が雲に隠れた暗闇に予想以上に溶け込んでみせていた。
 恐れていた見えない刃の襲撃なく、建物ももう目の前だ。コンクリート製のブロックを積み上げた塀にもう手が届きそうな位置まできて、笑みを浮かべる余裕すらでてきた。

「な、なんだよ、本当になにもねぇじゃねぇかよ……なら、このまま手柄も奪っちまうかぁ?」

 軽口までこぼす男の足がピタリと止まった。足元に人影が被さったのだ。
 恐る恐ると見上げた先、ブロック塀の上に仁王立ちする姿があった。
 月を背にして立っているのは十代とおぼしき少女だ。
 小柄で細身な体躯を浮き出させる漆黒のスーツをで身を包み、ツインテールにまとめた長髪を風になびかせている。
 昼間に出逢えばヒーローごっこをしている子供と勘違いしてたかもしれない。
 だが、その指の間に挟まれた太い鍼と冷たく見下ろす瞳に暴力慣れした男がゾクリと背筋を震えさせられていた。

「う、うわぁぁッ」

 気づけば反射的に銃口を向けようとしていた。だが、彼の右腕は上がらず、手にしていた愛銃がドスンと地面に落ちていた。
 いつの間にか肩には深々と鍼が刺さっており、麻痺したように右腕が動かなくなっていた。

「く、くそぉ、本隊、本隊を呼べぇ」

 指示を出すべく振り向いた男だが、連れてきた舎弟たちは糸の切れた人形のように地面に崩れた落ちていた。
 その首筋には同様に鍼が突き刺さり、正確に延髄を破壊しているのだ。

「もぅ、就寝中なんだから静かにして下さい。銃もダメですよ……あぁ、後ろにいたお仲間はもう全滅させておきました。あとは貴方だけですよ」

 耳元で囁かれた鈴の音のような可愛らしい声。だが、今の男には死神の囁きと変わりはない。

「――ぐぇぇッ!?」

 その言葉とともに耳に挿し込まれた鍼によって、男はグルリと白眼を?いていた。
 わずか数秒のうちに数人の命を奪った少女は、何ごともなかったように鍼を仕舞うとクルリと振り向く。
 そうして、照明の落とされた木造建築を見つめてニコリと微笑むのだった。


 翌日、昨夜のアパートからそう遠くない地にある高校の校舎に少女の姿はあった。
 廊下を歩く彼女の手には、総務部で手続きを済ませて入手した学生が握られており、そこには腰まである長髪をツインテールにまとめた少女の姿と、『音寧(おとね) ノノ』という名前が刻印されている。
 今回の任務では日常生活に密接した警護の必要性を強く訴えたカノの提案が珍しく認められた。
 そうして、希望した通りのノノという名を見つめてニヘラと口元が歪ませる。

「凄い、凄い、オジさまの言った通りにしたら、本当に手に入った?」

 悦びを隠し切れずにスキップして、長髪を舞わせクルクルとスピンまでしてしまう、完全に舞い上がっていたのだ。

「でも、どうせなら同じクラスにしてくれれば良かったのに……うーん、それじゃぁ、先輩って呼んじゃおうかなぁ」

 ノノと名乗ることになった少女は、実年齢は別として小柄で幼さを感じさせる顔立ちをしていた。
 中学生、下手をすれば小学生にも見られかねない容姿なのだが、頭は小さく、スラリとした体躯は実に美しい。特にその脚の長さと腰の高さは周囲にいる同世代とはかけ離れており、黙っていれば美少女で通ることだろう。
 だが、気さくな性格で屈託なく明るく笑う姿に、すぐにクラスにも馴染んでみせた。
 集団の中に同化して埋もれてみせるのも各地で活動するエージェントとしては有効なスキルであるが、彼女の場合は素である。
 ニコニコと笑顔で授業を受けて、純粋に普通の生活を楽しんでいるのだ。

(あぁ、想い焦がれた国での授業、先輩も今頃は授業を受けているのかなぁ……)

 時折、思い出したように不気味な笑いをこぼして、周囲のクラスメイトをビクつかせる。
 そのことにも気づけないほど、舞い上がり過ぎておかしくなっていた。
 次の授業の為に教室を移動している最中に彼を見かけた。幸いなことに周囲には人影もない。自然と彼の元へと駆け寄っていた。

「……先輩ッ!!」

 思わず背後から呼び止められて、大きな体で振り返った彼は厳めしい顔に怪訝な表情を浮かべていた。
 周囲を見渡して自分が声をかけられた事を確認している。

「せ、先輩ッ!!」
「あ、あぁ……ごめん、ごめん、で、なんだい?」

 初対面の下級生に声をかけられて戸惑うのも当然だろう。
 彼はクラスでも浮いており、学校で必要以上に声をかけられることもないからだ。

「あ、あ……あの……あの……」
「……ん?」

 思わず声をかけてしまったノノは、彼の顔を間近で見上げてパニック状態に陥っていた。
 頭から蒸気が噴き出さんばかりに顔を真っ赤にさせ、次の言葉がなかなか出てこない。
 数多の危険な任務をこなしてきた時でも、こんなことはなかった。戦闘になるほど心は醒めて余計なことは考えなくなるからだ。

(だけど、不快な感じでない……いや、むしろ好き、大好きかもぉッ。そう、ノノは先輩が大好きッ!!)

 もはや、なんで呼び止めたのかもわからない状態だ。グルグルと感情渦巻く頭を少しでも落ち着かせようと深呼吸をはじめる。
 そうして拳を握り締め、ひとり頷き気を引き締めると、先ほどよりも真っ赤になった顔で相手を見上げる。
 スーっと息を吸い込むと、目を瞑って頭に浮かんだ想いを口にするのだった。

「わ、私と付き合って下しゃいッ!!」

 豪快に舌を噛んでしまった少女は、暴走のすえに見事に告白にも失敗してしまう。
 その後、事態を知った上司からのこっぴどく叱られることにもなった。


「うぅ、凄い怒られました……」
「がははッ、そうか、そうかッ、でも嬢ちゃんはついに言えたんだなぁ」

 延々と続いた上司からの叱責から解放されたノノの元に、連絡を入れてきたのは護衛対象である少年の父親だった。
 眼前に表示される映像には、画面いっぱいの傷だらけのライオンような厳つい顔が豪快に笑っている姿だ。
 彼こそが世界を裏社会を牛耳る巨大シンジゲート群の中で台頭してきた新興武力組織のボスであった。
 影響力を日々増す彼の組織を取り込むことで、拮抗している他のシンジゲートを圧倒しようと目論む巨大組織間の動きが、近年になって活発になっていた。
 そこで彼が放った「息子が気に入った相手なら協力してやる」という言葉が騒動をさらに大きくした。
 かくして息子である少年の元には、その身柄を確保しよう、取り入ろうと様々な勢力が押し寄せることになるのだった。
 それによる世界の混乱を嫌った機関は、彼と彼の息子に密かにエージェントを派遣して護衛の任務につかせていた。
 だが、戦闘以外はからっきしノノは早々に彼に見つかってしまい。いつの間にか仲良く晩酌の相手をさせられていた。
 それで気に入られたようで、息子の護衛に新たなエージェントを派遣するのを嗅ぎつけた彼がノノを使うように直談判した経緯があった。

「まぁ、いいじぇぇねぇか。お嬢ちゃんなら息子の寝込みを襲ったって俺的には大歓迎だぜ」
「――はぇ? えぇぇッ、そんなぁッ、もぅ、オジさまったら……あッ、刺しすぎちゃった……」

 ノノの手に握られた鍼が全身黒装束の男の首を深々と貫いていた。
 そこはボロアパートの狭い屋根裏の空間だった。
 コンタクト型のモニターで呑気に会話をしながら、彼女は護衛任務をこなしていたのだ。
 その際、勢いが余って手元が狂ってしまったらしい。脊椎を狙って即死するつもりが頸動脈を傷付けてしまったようだ。結果、大量の出血を一面に噴出させて大惨事である。

「あぁ、悪いな、仕事の邪魔をしちまったようだな」
「だ、大丈夫です……もぅ、暴れないで下さい――えいッ!!」

 可愛らしい掛け声とともに、苦悶の表情でのドタバタとのたうちまわる侵入者の眉間に鍼が突き立つ。
 ようやく動きを止めて静寂を取り戻すと、ノノは慌てて通信を終了した。
 即死させて静かにさせたものの、出血した血の量が多く、引き詰められた板に広がり、その隙間から滴り落ちはじめていた。
 その真下がちょうど少年が寝ている辺りなので焦っているのだった。

「あわわわ……ど、どうしよう。寝床にお邪魔するなんて――きゃぁぁぁ」

 先ほどの父親との会話を思い出して、両手で顔を覆って恥ずかしそうに身悶えしてみせる。
 だが、そうしている間にもポタポタと血が滴っているのに気づいて気ばかり逸ってしまう。

「えーと、えーて……と、とりあえず滴った血だけでもどうにかしないとね」

 意を決して床材の一部をズラすと押し入れから下へと降りていく。
 今夜のノノは普段の戦闘からは考えられないほど無駄な動きが多い。そのことから彼女が激しく動揺しているのがわかる。
 屋根裏でノノがはしゃぎながらドタバタしていた時点で少年は目を覚ましていた。そこで天井から頬に滴り落ちてきたのが血だと気づいても騒がないのだから、こちらも豪胆だ。
 ノノがゆっくりと襖を開けようとしたところ、先制するように襖を大きく開け放ってみせる。

「キャッ!!」

――ドゴッ!!

「――うぎゃッ!!」

 突然の事態におもわず立ち上がってしまったノノは、派手に中板に頭を強打していた。いくら小柄な彼女でも押し入れは狭かったのだ。
 そのあまりの大きな音に少年も度肝を抜かれていた。
 
「だ、大丈夫かよ、スゲー音がしたぞッ!!」

 頭を抱えてフルフルと震えるノノに優しく声がかけていた。
 痛みに堪えても涙目で視界が滲んでしまう。その視界に心配そうに覗き込む寝間着姿の少年を映り込む。

「いたたた……だ、大丈夫れふ……って、あ、ありゃりゃ、みつかっちゃったぁ!!」
「えッ!? お、お前は!!」

 どうやら少年も深夜の侵入者が校舎で告白してきた娘だと気づいたようだ。

「そっちこそ、大丈夫でしたか? すみません、もーぅ、侵入者を倒したのはいいんだけど、血が垂れちゃって……」

 昼間に突然、告白してきた下級生が、今度は深夜に押し入れから登場したのだから、驚くのも当然であろう。
 だが、ノノの方はマイペースに周囲を見渡すと、少年の頬に血の血痕がついているのに気づく。

「あッ! ほっぺについちゃってるッ、もぅ、ごめんなさいッ、ごめんなさいッ、ごめんなさいッ!!」

 慌ててその場で正座した少女がペコペコと平謝りする光景に、すっかり毒気が抜けてしまったようだ。困惑しながらも少年は落ち着きを取り戻していた。

「い、いいよ、あとで洗うから。それより何? その格好は?」

 そうなると今度は気になるのは少女の姿だろう。
 薄暗闇の中でも身体にフィットした漆黒のボディスーツを視認できる。ある意味、全裸よりも艶めかしい姿に思わず頬を赤く染まりそうなのを誤魔化していた。
 ノノはその様子に気づかずに、正座したままで事態の説明を告げる。

「あ、あの、今まで先輩を人知れず護衛していた先任者が寿退職してしまったので、今度、私が担当することになりました」
「……はぁ?」
「じゃぁ、そういう事で!!」

 正直、説明を理解するには情報が不足していた。
 だが、ノノはそれだけ告げると襖をそそくさと閉じようとするのだ。

「お、おいッ!!」

 閉じかけた襖がピタリと止まると、少し開いてまたノノが顔を出してくる。
 ニッコリと浮かべる笑顔にドキッとさせられる少年に対して、忘れずに顔を洗うように念を押してくるのだった。
 再び、襖が閉じられて天井裏から遠ざかっていく気配に、少年はドキドキする自分の胸を押さえて困惑するのだった。


 翌日、学校に登校すると少年がノノに説明を求めるのは当然の流れだろう。
 人気のない空き教室でふたりは待ち合わせることにする。

「あー、やっぱり説明は必要ですよねぇ……」

 駆け引きが苦手なノノは、そこでアッサリと詳しい事情まで少年に説明してみせた。
 少年自身も父親からある程度は裏社会のことを聞いていたのだろう。教えられた情報をすぐに飲み込んでみせた。
 同時に目の前の少女は戦闘の腕は立つが、それ以外がダメダメなのも看破したようだ。
 警戒する様子は失せて、逆に最後には心配して同情までしてくる有様だ。

「……で、そんなお前が、なんで告白してきたんだ?」

 それが最後に残った疑問だった。秘密裏に警護しるには真逆な行動だからだ。
 それについてもノノはアッサリと告白する。

「先輩の警護に付くことになったのをオジさま……先輩のお父様にお伝えしたら、『ぜひ、息子の友達になってやってくれ! どうせ友達が一人もいないだろうからよ、ガハハッ!!!』と言われまして……」
「あ、あのクソ親父がぁッ」
「で、どうせなら、先輩とラブラブになれれば、もっと護衛しやすいかなぁ……と思ってぇ……」

 真っ赤になった頬を押さえながらデレデレしだしたノノに、少年は秘密裏はどこいったよっと心の中でツッコミを入れつつ大きな溜息をついてしまうのだった。


 その日から少年公認での護衛任務がはじまった。
 確かに戦闘においてノノは優秀だった。悪意にも敏感で気配を感じると先回りして襲撃者を強襲していく。
 武器として使用している鍼が次々と襲撃者の脊椎に突き刺さり、呆気ないほど簡単に死んでいった。
 幾人もの命を奪っておきながらニッコリと微笑んでみせる少女。その瞳が冷酷な光を帯びていることに、改めで殺人を厭わないエージェントなのだと少年は思い知らされるのだった。
 そんな二人を密かに観察する集団がいた。
 シンジゲートの傘下にある中小の組織も、大勢に影響を与える少年の身柄を手土産に成り上がろうと画策していた。
 そのうちの一派は正攻法では敵わないとみて策を弄することにしたのだ。

「……それでボス、どうするんです?」
「あぁ、ちょうどイイ物が手に入った」

 仮の拠点とした廃工場で部下に問われて、ボスは大きなケースをテーブルにのせて自慢げに見せびらかしてきた。
 ケースの中には銀色のガス容器が二つが収納されていた。一緒には取り扱い方法が詳しく記載された資料まで添付されてある。

「こいつぁ、親切な支援者さまが提供してくれた無効化ガスだよ。まだ試作を終えたばかりの新品で中和剤も市場にはまだないらしい、こいつを使う」
「ですが、あの娘……すばしっこいですぜ」
「なーに、それはお前らの頑張り次第でなんとかなるぜ」

 同封されていた資料には、このガスを使用しての作戦プランまで立案されていた。
 作戦に必要な人数と設置場所、そして作戦を実施するのに適切な時間まで詳細に記載されているのだ。
 それだけでなく対象の行動によって対応するパターンも幾重にも取り揃えられており、その緻密さは軍の作戦プランそのものだった。
 そこから感じるのは立案者の対象への強い固執だ。ストーカーじみた情報収集量には不気味さすら感じさせられる。

(いいや、どんなヤツの差し金だろうと関係ねぇ、俺は成り上がるための手柄を上げられればいいのさ)

 ずる賢そうな笑みを浮かべるとボスは作戦プランに従って部下に指示を飛ばしていく。
 その様子を上空で旋回していた無人の機体が屋根越しにジッと観察しているのだった。


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