淫獣捜査スピンオフ 女子大生 美里 夏貴の危険な取材旅行
【1】女子大生の危険な取材旅行
青空の下、木々の間をうねる道路を疾走する一台のオフロードバイクがあった。
操縦するのは女性だ。身体にフィットするライダースーツは、白と黒で彩られたデザインが彼女の滑らかなボディラインを浮きたたせていた。
巧みな操作で繰り返されるコーナーを曲がり続けていると眼前の視界が突然ひらける。青々とした海とその手前にある街並みが目に飛び込んできた。
九州地方にある並戸市は、鎖国前には中国やオランダなどの多くの外国商人が出入りして貿易が盛んな港町として栄えていた場所だ。
大型船の寄港場所としての地位を他に取られて、今では昔ほどの活気はない。それでも時折、中型の輸送船が立ち寄り港もそれなりに賑わいを見せている。
今の主な街の産業は観光だ。多く歴史的建造物や文化遺産を目玉として観光客の誘致をはかっているのだ。
女性ライダーはそんな街を見下ろす小高い丘に愛車を止めると、ヘルメットを脱いでいた。
日焼けして茶色く色抜けしたサラサラの髪をかき上げると、健康的に日焼けした整った顔立ちが現れる。
まだ少女らしい面影が残り、猫科を連想させるアーモンド形の目が特徴的だ。その瞳に宿る強い光とキリリとした柳眉が気の強さをうかがわせる。
そんな彼女がバイクに括り付けておいたボトルに口を付けると、ゴクゴクと実に美味そうに喉を潤していく。
「――ぷはッ、生き返った」
満足げにボトルを戻してバイクを降りると、強張った身体をほぐしながら目の前に広がる街並みへと目を向けるのだった。
女性の名は美里 夏貴(みさと なつき)。沖縄の大学に通う学生であり、春には東京にある出版社に勤めることが内定している。
そんな彼女がこの街にやってきたのは観光ではない。
憧れの先輩であり、姉の恋人であるカメラマンの照屋 陽介(てるや ようすけ)がこの街での取材中に不慮の事故にあったのだ。
バイクで信号待ちをしていた所にダンプカーが突っ込んできたのだが、幸いなことに右足を骨折しただけで命に関わるようなことはなかった。
今は姉とともに住む東京の自宅に戻り療養しているはずで、それと入れ替わるようにして彼女はやってきていた。
その手には密かに拝借してきた陽介の取材メモが握られていた。
骨折した彼に代わってボロボロになったバイクを警察から引き取る際に収納ボックスの奥に隠されていたモノを持ち出してきたのだ。
そこには、観光案内の写真撮影に見せかけて、ある事件を追っていたことが記されていた。
――美浜クリニック
東京を中心に全国展開している美容クリニックで、そのオーナーである美浜 治美(みはま はるみ)は、五十歳になろうというのに二十代のような美しさを維持しているので有名だ。
美魔女と呼ぶに相応しい容姿で彼女自身が広告塔となっており、広い世代の女性たちの支持を受けている存在だった。
そんな彼女の自宅と本店がこの街にあるのだが、どうやら陽介は全国で発生している美女失踪事件に彼女のクリニックが関わりがあると睨んでいたようだ。
この街の周囲で起こった事件の被害者の多くが美浜クリニックに通っていたのだ。
「陽介さんが調べているなら、間違いないよね」
幼い事から陽介を知る夏貴は、彼が所属する出版社に就職するほど彼を慕っていた。
もちろん、すでに姉と結婚している彼に告白しようとは思ってはいない。ただ、彼に認められたい一心での行動であり、彼の取材を完遂しようと単独で行動しているのだ。
「それにしても流石は陽介さんだね。取材メモも実によくまとめられているわ」
熊のような大柄の人物であり空手で相手をしている時は震えるほど恐ろしい男性なのだが、性格は心優しく実に繊細なのだ。メモ帳にもそれがよく現れていた。
取材先の候補や相手の情報などがこと細かく記載されていて、彼が取材をどう進めようとしていたのかが手に取るようにわかる。
「予定にあったけど終わってない取材を済ませれれば、きっと喜んでくれるよね」
市内のビジネスホテルに宿を取ると、夏貴はその手帳に記載されていた通りに取材を進めていくのだった。
取材先には、すでに彼が協力を快諾してもらっているばかりで、連絡をするとすぐに取材に応じてくれた。
「流石は陽介さん、これなら予定よりも早く取材を終えられるかも」
意気揚々と取材先からホテルへと戻ってくる夏貴。その姿を物陰から観察している人物があった。
トレンチコート姿が似合う女だ。ショートヘアで中性的な雰囲気があり、女性にもモテそうな美女である。
だが、コートの隙間から見える黒のタートルネックとズボンで覆われた身体はスレンダーでありながら胸は実に肉感に溢れており、男なら目を釘付けになることだろう。
だが、その視線は情熱的にはほど遠い冷たい光を宿して、ホテルへと入っていく夏貴の姿を追っていた。
それが移動して、彼女のあとをずっとつけてきた一台の車へと向けられる。
一般車両に見せかけている覆面パトカーなのは知識があれば容易に看破できるだろう。
搭乗する二人の男は車載無線ではなく、手持ちの端末でなにやら連絡しているのだが、女はその唇から会話の内容は断片的にも読み取れるのだった。
「ふふ、ビンゴだ。ようやく尻尾を掴んだよ」
不敵な笑みを浮かべる女の名は、諫早 翠(いさはや みどり)といい、探偵であった。
彼女もまた陽介同様に美浜クリニックが美女失踪事件に関わっているとみて、密かに調査を続けていたのだ。
その際に同じく調査を進めている陽介の存在に気づき、同時に彼を監視している存在にも気づいたのだ。
その為に方針を変えて陽介を監視することで彼に迫る存在を暴こうと動いたのだ。
「ダンプで引かれてダメかと思ったけど生きてたようで良かった。流石に死なれて寝覚めが悪いからな……そして、今度のお嬢さんは派手に動いてくれてホント、助かるな」
同じく美浜クリニックを調べる陽介を囮として利用した翠は、今度は代役に夏貴を仕立てようとしていたのだ。
その目論見通りに相手は動いてくれたようで、このまま注意が夏貴に向いているうちに、より深部へと迫ろうと画策しているのだった。
「あんたたちには悪いけど、情報はこちらがもらうから、精々、派手に動いて役立ってくれよ」
状況を把握した翠はひとりほくそ笑むと、スッと物陰へと姿を消していった。
だが、そんな彼女の姿もまた常に監視されていた。市内に設置された監視カメラは都心部並みの密度を誇り、その多くがひと目につかないように巧妙に偽装されているのだ。
そのひとつがジッと彼女の姿を捉えて冷たいレンズを向けているのだった。
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