淫獣捜査スピンオフ 女子大生 美里 夏貴の危険な取材旅行

【2】蛮勇の代償

 ホテルの自室へと戻った夏貴は足元に置かれたメモ用紙に気づいた。
 ドアの隙間から差し込まれたらしい二つ折りのメモ用紙を手袋をはめて慎重に取り上げると中身を確認する。
 そこには住所とともに簡単な地図が描かれていた。

――クンクン……

 おもむろにメモ用紙に鼻を近づけていた。つい匂いを確認してしまうのは彼女の癖なのだが、それによってわずかに残る香りに気がづくことができた。
 
「オーデコロン……いや、女性用の香水かな」

 そのメモ用紙を鞄から取り出したジッパー付きのパウチへと収納していく。
 それらの動作は陽介が普段から行っていることを見て覚えたもので、表面には取得した日時などもこまめに書き込んでいくのもポイントだ。

「これが陽介さんか感じていた人物かな。あきらかな誘導だけど、どうしようかなぁ」

 陽介の取材メモ帳には同じく美浜クリニックを調べている人物の存在についての記載があった。
 陽介との接触をあえて避けているようで、美浜クリニック側の注意を自分に向けさせようと画策している可能性まで言及しており、その結果、襲撃された場合も考慮していたからこそ事故をギリギリで回避することもできていたのだ。
 だが、事故の検証で警察が整備不良によるただの事故との結論を出したことで、不穏な気配を感じていた。
 身の危険を感じて療養という名目で急遽、街から離れたのだった。
 だが、その最後の部分に関してはメモ帳への記載がなかった。事故でバイクは破損してメモ帳自体が手元になかったからだ。

「……うん、決めたわ。一度、文句も言ってやりたいし、誘いに乗ってあげる」

 すでに夜も更けて地方都市の夜は早い。街からは人の気配が引き、静まり返っていた。
 夏貴はライダースーツへと素早く着替えると、裏口からひそかにホテルを抜け出していく。
 向かうのは街外れにある美浜 治美の邸宅だった。小高い丘の上にあり、地元民には美容御殿などと呼ばれていて、鉄柵に囲まれた広い敷地にポツンと近代デザインの屋敷が立っている。
 その裏手は海にせり出した断崖絶壁になっており、二階のテラスからは視界いっぱいの海が楽しめるとのことだった。
 愛車であるオフロードバイクで向かった夏貴は、屋敷の手前で海へと向かう。
 地図によると、波が打ちつけられる岩肌沿いに密かに通れる場所があるらしい。ライダースーツに着替えたのは飛沫により衣服が濡れるの避けるためだった。
 だが、足場があるとはいえ月明りを頼りに進めるには困難を極めた。
 危うく岩が顔を出す海面へと滑り落ちそうになり、結局は断念することになるのだった。

「あぁん、もぅ、陽介さんみたいにカッコよくいかないなぁ」

 波が引く干潮時を見計らって再び挑むことにした。
 太陽の下で人目につくことを恐れたが、周囲には民家もなく人影もない。
 海上に停泊している貨物船が遠くに見えるのみで、懸念するようなことはなにもなかった。
 昨夜の苦労がなんだったのかと拍子抜けするほどアッサリと難所を潜り抜けられたことで、下調べの重要性を噛みしめることになる。

「……ここね」

 周囲の岩肌に隠れて陸地側からは見えないが、別荘のちょうど真下には岩をくり抜いて造られた船着き場があった。
 黒く塗装された大型のクルーザーが停泊しているものの今は人影は見られない。
 慎重に歩を進めると奥には鉄扉があり、中を覗けば広々とした自然の空間を利用した倉庫となっていた。
 いくつも木箱が積み上げられており、そのひとつを確認すると美術品などが詰められていた。状況を考えれば密輸品と判断するのが正しいだろう。

「これだけでも十分にスクープよね」

 カメラで隈なく撮影しながら慎重に奥へと進んでいくと今度は通路の入り口がみえる。
 だが、その手前には人影があり慌てて物陰へと隠れるのだ。
 物陰から覗き見ると、いかにもガラの悪い人相の男が二人がタバコを吸いながら談笑していた。
 男たちの会話に聞き耳を立ててみる。

「あの女、なかなか口を割らねぇなぁ」
「だがお陰でタップリと嬲れるってもんだぜ。そういや、今回もだが、ボスはなんだって処女なのかを執拗に確認するんだ?」
「あぁ、それはなぁ……」

 そんな会話が途切れながらも聴こえてきた。
 さらに情報を得ようと耳を澄ませて集中していたのだが、それが仇となる。
 トイレ帰りらしい別の男が鼻歌混じりに戻ってきて背後の木箱の陰からひょっこりと姿を現したのだ。
 オールバックに髪を固めた中年男だ。上半身は裸で背にはビッシリと刺青が彫られている。
 見るからにヤクザ者とわかる凶悪な人相の厳つい顔の男とバッタリと出くわし、思わず顔を見合わせたまま沈黙してしまう。

「……な、なんだテメェは――ぐへッ」

 大声を上げそうになる男の股間を即座に蹴り上げて悶絶させた夏貴だったが、時はすでに遅しで立ち話をしていた二人にも彼女の存在に気づいてしまった。

「おい、侵入者だ」
「見張りはなにやってやがったよ」

 騒ぎを聞きつけて駆けつけてくる気配が周囲で起こり、慌てて夏貴は逃走を図る。
 股間を押さえて倒れ込んでいる男をまたぎ、もと来た船着き場へと駆け出していた。

「この女、どこから紛れこんできやがったッ」
「――ッ、じゃまよッ!!」

 クルーザーの中にいたらしい男を船上から飛び降りると、夏貴の前に立ち塞がる。
 それも素早い二段蹴りで素早く蹴り倒してみせる。
 幼少の頃から通っていた沖縄空手で磨いてきた蹴りの威力は男にも引けはとらない自信があった。
 だが、今回は多勢に無勢で次々と姿を見せたヤクザ者たちは手に武器を持ち、中には銃を手にする者もいては、まともに相手などできはしない。
 続いて何人かの男どもを海に蹴り落として、岩肌の逃走経路にたどり着く。
 途中、積まれていた木箱を崩したりと妨害工作をしたのが功を奏して、なんとか逃げ出すことに成功した。
 藪の中に隠しておいた愛車に飛び乗ると一目散にその場から走り去る。
 そのまま市街へと向かうべく街を三方から囲む山を越える道へと入っていく。

「ふぅ、どうやら追手は見えないみたいね」

 バックミラーには追いかけてくるような車の姿は見えなかった。
 別荘の地下にいたのは並戸市を縄張りにしている虎王会のヤクザに違いない。
 ならば縄張り意識が強い連中だから、このまま山を越えて市外まで逃げてしまえば簡単には追ってこれなくなるだろう。
 そう思っていたところで、正面から巡回中のパトカーとすれ違う。
 それが背後で折り返すとサイレンを鳴らして追ってきたのだ。

「あーッ、前を走るバイク、ちょっと停まりなさい」

 運転をしていた二人組の制服警官がマイクで停止を求めてこられては流石に無視もできない。
 指示されるままに路肩に愛車を停めた夏貴は、降りてきた警官たちに対応することにした。

「なんですか? スピードは出ていなかったと思いますけど……」
「あぁ、すまんね。なにやら犯罪者が逃走しているらしくってね、市街にでる者を呼び止めてるんだよ」

 中年の警官が柔和な笑みを浮かべて近寄ってくるのだが、その影に隠れるようにしてもう一人の若い警官が不審な動きをしていた。
 夏貴の背後にそれとなく回り込むと、急に彼女を羽交い絞めをしてきたのだ。

「な、なにを……」
「いいからバイクから降りろッ」
「よーし、そのまま逃がすなよ」

 背後から抱きついてきた若い警官に続き、対応していた中年の警官も手伝い夏貴をバイクから引きずり下ろしてしまう。
 相手が制服警官ということで咄嗟に蹴るのを躊躇してしまっていたのが失敗だった。
 バイクから下ろされた夏貴は、背後にまわされた両手にガチャリと手錠をかけられてしまったのだ。



「な、なんで手錠をするのよッ」
「うるさいッ、だまれッ」
「こら、暴れるなッ、往生際が悪いぞ――おごぉッ」

 地面に押し倒そうとしてきた所を、青年警官の股間に膝蹴りを入れる。
 悶絶して倒れ込む同僚に慌てるもうひとりを、今度は後ろまわし蹴りをお見舞いする。
 両手の自由を奪われても、夏貴はふらつくこともなく恐ろしいバランス感覚をみせた。
 それは沖縄の海でマリンスポーツーー特にサーフィンを嗜んできた彼女がだからの体幹能力で、続けざまの蹴り技を警官たちにノックダウンさせるのだった。

「やばッ、手加減できなかったけど……まさか本物じゃないよねぇ」

 泡を吹いてピクピクと悶絶する警官たちを心配そうに見下ろしながら、夏貴は手錠を外そうと必死に鍵を探しだす。
 だが、その目の前に凄まじいスピードで走ってきた複数の車が急停止してきた。
 黒塗りの高級車を先頭にして二台のワンボックスカーも停まる。その扉が荒々しく開くと凶悪な人相をしたヤクザ者たちがゾロゾロと降りてきた。
 手には木刀や鉄パイプ、スタンガンまで持って武装しており、そんな連中が即座に夏貴を取り囲んだのだ。

「おう、見つけたぞッ、簡単に逃げられると思うなよ」

 最後に高級車から降りてきて取り囲む男たちを割って出てきたのは、最初に夏貴を発見して股間を蹴り上げられた中年男だった。
 手錠を外しそこねた夏貴はろくに抵抗できないまますぐさま取り押さえられると、彼の前に膝をつかされる。
 先ほどとは違い紫のダブルのスーツ姿の男はニヤリと不敵に笑うと、右手を横に突き出すと配下の者がサッと指にタバコをセットする。
 それを咥えると今度は反対に控えていたヤクザがライターで火を灯すのだ。
 仰々しく吸ったタバコの煙を夏貴の顔に吹きつけるのは、地元を根城としている虎王会の若頭である周南 吾郎(しゅうなん ごろう)であった。
 視界の隅ではヤクザ連中に助け起こされる警官の姿が見えて、その様子から本来なら敵対する双方が親密な関係であるのがうかがえる。

(ヤクザ連中だけでなく、警察までグルなんて……)

 もし、事故にあった陽介が警察にも疑惑の目を向けていたことをメモ帳に記することが出来て状況は変わり、用心した夏貴は無事に街から脱出できたかもしれない。
 だが、現実は無情にも大勢のヤクザに囲まれて孤立無援の状態であった。
 今の彼女にはニヤニヤと見下ろす周南の顔をキッと睨み返すことしかできない。

「アタシになにかあれば、ただじゃ済まないわよッ」
「おうおう、今度の姉ちゃんも活きが良さそうだな。なら、そのただでは済まない理由をじっくりと聞かせてもらおうか、バックに誰がいるのかしっかり吐いてもらうぜ」
「や、やめ――むぐぅぅッ」

 背後から猿轡を噛まされると、夏貴の頭に布袋が被せられてしまう。
 それでも抗おうとする夏貴の両脚も縄で縛ると、まるで荷物のようの男たちは担ぎ上げてワンボックスカーに連れ込んでいった。
 彼女のバイクも遅れてやってきたトラックに載せられて回収された。
 そうして全ての痕跡を消してヤクザたちは車に分乗すると、パトカーに先導されるように市内へと戻っていくのだった。


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